『ハウス・オブ・グッチ』なぜ遺族は嫌った? 過去のデザイナー伝記映画と比較検証

『ハウス・オブ・グッチ』遺族はなぜ嫌う?

 日本では2022年1月14日に公開されるリドリー・スコット最新作『ハウス・オブ・グッチ』。ひと足先に公開されたアメリカでは、初週の興行収入はボックスオフィス第3位という滑り出しを見せた。また主役を務めるレディー・ガガは、先日のゴールデングローブ賞ノミネート発表で主演女優賞(ドラマ部門)にノミネートされるなど、一定の評価を受けている。その一方で、グッチ一族はこの映画に対して法的措置をとる可能性を示唆。1995年に起こったマウリツィオ・グッチ暗殺事件を扱った本作について、彼らは一体なにを問題としているのだろうか。ここではまず彼らの主張を紹介しつつ、ほかのファッションデザイナーを描いた伝記映画と『ハウス・オブ・グッチ』にどんな違いがあるのか比較していきたい。

『ハウス・オブ・グッチ』はなにが問題なのか

 映画でアル・パチーノが演じたアルド・グッチの相続人は、イタリアの通信社ANSAに本作に対する抗議声明を寄せている。それによれば、「プロダクションは30年間ブランドを率いてきたアルド・グッチや、グッチ一族のメンバーについて相続人に助言を求めることもせず、彼らをチンピラで無知、そして周囲の世界に鈍感な人々として描いている。彼らには、こうした(映画で描かれたような)出来事や態度は全くなかった。これは人として非常に耐え難いものであり、ブランドが築いてきたレガシーを侮辱するものだ」と主張。

 またレディー・ガガが演じた主人公パトリツィア・レッジャーニについても、「男性と男性優位主義な会社の文化から、生き残ろうとした被害者として描かれていることが腹立たしい」としている。加えて“男性優位主義な会社の文化”については「実際にはグッチ家の一員かどうかに関わらず、80年代から数名の女性がグッチ・アメリカの社長やグローバルPRおよびコミュニケーションのチーフなど、重要なポジションに就いていた」と反論。映画の人物描写や当時の会社の実態が事実と違う、しかもネガティブなものになっていると批判しているのだ。

ファッションデザイナーの伝記映画は関係者と揉めにくい?

 では、ほかのファッションデザイナーの伝記映画はどうだろうか。グッチと同じく世界に名を馳せる巨大メゾンのデザイナーを題材にした映画は、ドキュメンタリー作品を除いても数多くある。たとえば女性のファッションに革命を起こしたココ・シャネル。彼女の人生を描いた劇映画はテレビ映画も合わせて4本あるが、そのなかで相続人などから批判が出た作品はない。『シャネル&ストラヴィンスキー』(2009年)に至っては、製作にあたってブランドと当時のクリエイティブ・ディレクター、カール・ラガーフェルドから、同社のアーカイブやシャネルのアパートへのアクセスを許可された。同作はクリス・グリーンハルグの小説『Coco and Igor(原題)』を原作としており、完全に史実に沿っているとは言えないようだが、芸術家同士のロマンスやココ・シャネルという女性、そしてその精神を描くことにメゾンが好意的だったことがうかがえる。

 “モードの帝王”と呼ばれたイヴ・サンローランの生涯を題材にした『イヴ・サンローラン』(2014年)は、若くして成功を収めた彼の孤独やプレッシャー、薬物、アルコールへの依存など多くの苦悩を描いている。華々しい功績の影に隠された暗い部分にスポットを当てることで、1人の人間としてのサンローランを浮かび上がらせた作品だ。この映画は、彼のパートナーだったピエール・ベルジェや、イヴ・サンローラン財団の全面的な協力のもと製作された。

 ファッションデザイナーの伝記映画というのは、その性質上、観客の多くが衣装デザインに注目する。そうした面で、関係者の協力が必要になる場合が多いだろう。製作側は良い作品を作り観客から良い反応を得るために、メゾンと協力関係を築きたいと考えるのが妥当ではないだろうか。デザイナーをはじめとする芸術家、特に存命でない人物、直接本人を知る人が少ない人物の伝記は、製作段階で相当なリサーチが必要だ。関係者の協力がないと、それはかなり難航するに違いない。

「アメリカン・クライム・ストーリー/ヴェルサーチ暗殺」

 もちろん、『ハウス・オブ・グッチ』と同じく遺族から批判されたケースもある。ライアン・マーフィーが製作・監督を務めたテレビシリーズ『アメリカン・クライム・ストーリー/ヴェルサーチ暗殺』(2018年)だ。連続殺人犯アンドリュー・クナナンに、デザイナーのジャンニ・ヴェルサーチが殺された1997年の事件を題材としたこのシリーズでは、事件の謎とヴェルサーチの知られざる裏の顔や苦悩、葛藤などが描かれている。ヴェルサーチ家は同作の製作段階ですでに「それ(製作)は許可しておらず、なにも関与していない」、「フィクションの作品としてだけ考えるべきだ」という声明を発表していた。放送後には彼のパートナー兼モデルだったアントニオ・ダミゴも「バカげている」、「あまりにも多くのことがフィクション化されている」と主張。また自身の役を演じたリッキー・マーティンが、彼とヴェルサーチの関係をリサーチするために連絡してこなかったことにも落胆したと語ってる。

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