『ハウス・オブ・グッチ』なぜ遺族は嫌った? 過去のデザイナー伝記映画と比較検証
ほかの伝記映画と『ハウス・オブ・グッチ』の違い
ここまでで紹介したほかのファッションデザイナーの伝記映画と、『ハウス・オブ・グッチ』には、明らかな違いが2つある。1つはこの映画が、ブランド創始者の物語ではないこと。そして『ハウス・オブ・グッチ』は伝記映画ではなく、クライム映画だということだ。つまりこの作品では、デザイナーの人生や彼らのファッションに対する情熱には重きが置かれていない。センセーショナルな事件やその裏の人間関係、そしてそれを引き起こした人間の業を描くことが目的で、デザイナーやその後継者の功績を讃える映画ではないのだ。むしろ創始者が地道な努力で築き上げた功績によって、権力を手にした人々の傲慢さを描いているのだろう。
同じくデザイナーの遺族から批判を受けた『ヴェルサーチ暗殺』は、アメリカ犯罪史に残る事件を題材にしたシリーズの2作目であることから、そもそも“実話をベースにした”ストーリーではあるが、すべてが真実ではないことはわかっていた。しかし『ハウス・オブ・グッチ』はグッチ一族の“真実の物語”と宣伝されたため、グッチ家の人々は予告編やインタビューの段階で不安を抱いていたのだという。そして本編が公開され、悪い予感は的中したのだった。たしかにマウリツィオ・グッチが元妻パトリツィアの策略によって殺害されたのは事実だ。しかしそれは一面的なもので、その奥に隠された“真実”や、家族が知っていた彼らの顔はまた別のものなのだろう。この映画で描かれたグッチ一族の人物像を、“真実”と受け取ってしまうのは危険かもしれない。1994年から2004年までグッチのクリエイティブ・ディレクターを務めていたトム・フォードも、米Air Mailに感想を寄せ、やはり本作を批判している。彼は映画に登場した人物のほとんどを知っているとしたうえで、特に一緒に仕事をしたマウリツィオについて「自分の見方にバイアスがかかっているかもしれないが、映画で描写されたよりもはるかに面白い人だった」と記している。
グッチ家の人々は、『ハウス・オブ・グッチ』がブランドのイメージダウンにもつながりかねない映画だと判断した。先述のとおり、デザイナーをはじめとする芸術家の伝記映画、とくにその功績を讃える作品は基本的に相続人などと揉めない。製作段階で彼らの協力が必要だからだ。しかしその過程で相続人に助言を求めていない本作は、伝記映画ではなく“実話をベースにした”クライムサスペンスなのだ。鑑賞時には、それを頭に留めておくといいだろう。
参考
Gucci Family Issues Fuming Statement Over Their Portrayal in Ridley Scott’s ‘House of Gucci’
Ryan Murphy responds to Versace family: 'It is not a work of fiction'
‘My life was torn in two when Gianni was shot’ – Versace’s lover breaks silence
Tom Ford Compares Watching House of Gucci to Weathering a Storm: 'I Had Lived Through a Hurricane'
■公開情報
『ハウス・オブ・グッチ』
2022年1月14日(金)日本公開
監督:リドリー・スコット
出演:レディー・ガガ、アダム・ドライバー、アル・パチーノ、ジャレッド・レト、ジェレミー・アイアンズ、サルマ・ハエックほか
脚本:ベッキー・ジョンストン、ロベルト・ベンティベーニャ
原作:サラ・ゲイ・フォーデン『ハウス・オブ・グッチ 上・下』(実川元子訳、ハヤカワ文庫、2021年12月刊行予定)
製作:リドリー・スコット、ジャンニーナ・スコット、ケヴィン・J・ウォルシュ、マーク・ハッファム
配給:東宝東和
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