吉開菜央×石川直樹の偶然を広げる映画作り リアルとファンタジーの融合『Shari』
「人を介して斜里という土地と繋がれた」
ーー二人とも自分の感性で作品に向き合っていたんですね。
石川:そう。だから、これが普通の映画の現場だったら喧嘩しそうなもんだけど、そういうことは全然なくて。僕が撮った映像にダメ出しされることは一切なかったし、撮り直しもほとんどしなかったですね。
ーーまさにコラボレートだったわけですね。さらにこの作品には、音楽家/打楽器奏者の松本一哉さんが参加されて、環境音と音楽を融合させたようなユニークな音響空間を作られています。
吉開:最初、松本さんには音楽を作ってもらう予定だったんですけど、録音もお願いすることにして一緒に斜里に行ってもらったんです。松本さんは自然環境に楽器を持ち込んで、例えば氷の張った湖の下に水中マイクを入れて、その音を録りながら自分の楽器を演奏したりするんですよ。この映画で流氷が「ギュー」って鳴ってる音に「ふわーん」っていう音が入ってるのは、松本さんが鳴らした鐘の音なんです。流氷の上で松本さんが演奏しているんですよ。自然と共演するということにかけて、松本さんの右に出る演奏家はいないと思っています。
ーー映像、音、人、自然など、映画のなかで様々な要素が響き合っているように感じました。だから躍動感に満ちているし、生き物みたいに生々しい。不思議な映画ですね。
石川:脚本はなかったし、撮っていてどんな映画になるのか全然わからなかったので、完成した映画を観た時は驚きました。赤いやつという実在しないものが出てくるけど、それに対する子供たちの反応は全部リアル。ドキュメンタリーとファンタジーの間にある、新しいジャンルの映画だと思いました。それに子供たちも町の人々も、そして吉開さんも、みんな動物みたいじゃないですか。
ーーそうですね。だから、そこに赤いやつが紛れ込んでいても違和感がないし、そう感じさせる土地なんだ、と感じました。
石川:知床って、野生の熊がいて鮭を食べているとか、大鷲が空高く舞って鹿が夕陽を見てるみたいなイメージが昔からある。でも、固定化されたイメージではなく、リアルな知床の現在地を見つめたい、と思って始めたのが写真ゼロ番地知床でした。この映画でも、それができたんじゃないかと思います。
吉開:最初に試写を観た時に、斜里の人の声を記録できてよかったと思ったんです。パンフレットにはインタビューをすべて書き起こしているんですけど、文字で読む以上に生の声というのはインパクトがあって。どんな喋り方で、どこを強調するかで性格とかも見えてくる。こういう人たちが生きていた、ということを記録として残せることができた、ということに「心底うれしいな」っていう有り難さを感じました。
ーー赤いやつが相撲大会に乱入する時、「斜里、いただきます!」って言うじゃないですか。まさに吉開さんが斜里を全感覚で受け止めて、咀嚼して、消化(昇華)した作品ですね。
吉開:乱入するときの一言は、アフレコだったので編集の時いろいろ考えたんですけど、あれしかない! と思いました。最初に思い描いていたものと全然違う作品になったんですけど、最初のイメージは種みたいな形で残っているんです。種は花になるけど、種と花は全然形が違うじゃないですか。花の設計図は種の中にあって、種が花になるためには、良い水や良い土、太陽の光が必要。それがこの映画では「出会い」だったんです。人を介して斜里という土地と繋がれたと思います。
■公開情報
『Shari』
10月23日(土)ユーロスペース、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開
監督・出演:吉開菜央
撮影:石川直樹
出演:斜里町の人々、海、山、氷、赤いやつ
音楽:松本一哉
配給:ミラクルヴォイス
2021年/日本/63分/カラー/ビスタ/5.1ch
(c)2020 吉開菜央 photo by Naoki Ishikawa
公式サイト:www.shari-movie.com