“はみ出さないキムタク”が見られる? 木村拓哉の新機軸となった『マスカレード・ホテル』
『土曜プレミアム』(フジテレビ系)にて9月18日に放送される、映画『マスカレード・ホテル』。東野圭吾の小説を原作とした同映画は、連続殺人の次なる犯行場所であるホテル・コルテシア東京を舞台に、ホテルのフロントクラークに扮した潜入捜査官・新田浩介が犯人を追っていく物語だ。新田を演じたのは木村拓哉。彼が初めて刑事役に挑んだことでも話題を呼んで大ヒットし、9月17日には続編『マスカレード・ナイト』も封切られた。
そこで今回は、木村拓哉のこれまでの役をいくつか振り返りながら、『マスカレード・ホテル』でみせた新しい魅力について触れていきたい。
『HERO』『CHANGE』で演じたはみ出し者のキャラクター
木村は、はみ出し者役がよく似合う俳優だ。ただし、単なるアウトローではない。私たちが無意識に当たり前のこととして受け入れてしまっている常識やルールを、木村が演じるキャラクターはいつも疑ってかかる。そのため彼の役の多くはいろんなメッセージ性を帯びており、観る者に新しい価値観や考え方を植えつける。
ドラマ『HERO』(2001年/フジテレビ系)の初回を観たとき、多くの視聴者と同様「これが検察官なのか」と筆者も驚いた。木村が扮した検察官・久利生公平は、最終学歴が中学卒業で、服装もスーツではなくダウンジャケット、ジーパン、Tシャツなどラフな格好。そして疑問があれば、自ら事件現場に足を運んで捜査までおこなう。法曹界の定型からしばしば逸脱し、時には疎まれることもありながら、自分の道を貫こうとする久利生。だが手渡された資料や印象で判断を決めこむのではなく、自分で見て、聞いて、どんな被疑者であっても公平な目線を持って真実を見極めようとする。その姿は、「世の中はこうあるべきだ」と社会における理想を抱かせるものだった。チャラいところがあるが、しかし正義漢あふれる久利生の内面に背筋が伸びる思いになった。
ドラマ『CHANGE』(2008年/フジテレビ系)で扮した朝倉啓太は、深い思い入れがなく政界入りを果たし、35歳という憲政史上最年少で内閣総理大臣に就任する元小学校教師だった。実際の政治の世界は、国民に対してはっきり説明されない黒い疑惑がたくさんある。しかし朝倉は私たちのような普通の暮らしをしている人の目線に立つことをモットーとし、国民のための政治の実現を目指す。そして疑惑はすべて明かそうとする。一方で掲げた政策は政党や派閥の壁に阻まれ、利権目当ての政治家からは反発を食らう。一般的な生活感を漂わせ、模索と葛藤を繰り返す様子には人間味が漂い、良い意味で政治家らしくない。朝倉は最終回で、「小学5年生の子どもにも分かるように話したい」と演説。最後の最後までその目線で政治を語った。その実直さもまた、政界という従来のイメージからはみ出したものだった。
ただし『マスカレード・ホテル』で演じた新田のおもしろさは、木村がこれまでなりきってきた役の逆をいっているところである。新田は刑事としてすでにいろいろとはみ出してきた男だ。周りからはトラブルメイカーのように扱われ、注意を払われる存在。小日向文世演じる元相棒刑事・能勢は、彼のことを「まっすぐなところは良いが、じっとしていられず、自分勝手なところがある。そのせいで能力を生かしきれていない」と長所が欠点にも成り代わっていることを指摘する。
刑事の規範から大きく外れた男が、潜入捜査とは言え、「お客様の言うことは絶対に逆らってはいけない」というルールを絶対的に遵守するホテルマンに扮装することになる。口うるさい客たちにこっぴどくやられ、ため息は尽きず、何度も殴りかからんとするが、それでもグッと堪えて頭を下げる。ずっとはみ出し続けてきた男が、はみ出さない生き方をすることで、刑事として、人間として成長していく。この部分が、かつての木村の役とは違うパターンなのだ。特に新田が、謎のクレーマー客(生瀬勝久)と出会い、無理難題を押し付けられても我慢を重ね、ホテルマンとしてのレールからはみ出さないことで大事な出来事をたぐりよせる場面は、物語のハイライトのひとつとなっている。