『鋼の錬金術師』生誕20周年で海外からも反響 世界的ヒットの理由を紐解く

 今作がドラマティックに描写されたのはもう一つ、キャラクター毎の色濃い個人史という点には留まらず、国や民族などの視点から生まれる論理感覚で描かれていることにもあるだろう。

 キング・ブラッドレイ大総統の独裁国家といえるアメストリス、そこから遥か東に位置するシン国、山脈を挟んでアメストリスの北に位置する大国ドラクマ、イシュヴァール教を崇める民族のイシュヴァール人などが登場する今作。その戦いは主に「他民族・他宗教同士の紛争・迫害・確執」によって生まれたことが示唆されている。

 国・宗教・倫理観、バラバラの出自を持つ彼らは、同じ出来事に出くわしても、反応がみごとにバラバラだ。

 例えば、アメストリス国のなかでは一目置かれる存在である錬金術師は、イシュヴァラ教の武僧であったスカー(傷の男)からみれば、迫害してきた怨敵であり、「錬金術という技術そのものが神への冒涜」としてみなしている。だが、彼が殺戮を続ける右腕と左手には兄から授けられた錬成陣がある。「錬成術師を嫌う自分が、錬成術で人間を殺す」という矛盾、このことは作中では何度となく彼を苦しませることになっていく。

 シン国の第十二皇子であるリン・ヤオは、仇敵となるホムンクルスらと接敵してもなお、自身を邪魔する相手としてでなく、自身のために利用できる相手として捉えていた。自国の利益に目を向け、自分の身体を蝕んでもなお手を貸そうとする、他のキャラクターとは一線を画す考えを持っていた。

 物語が佳境に進むほど、彼らは話し合いを繰り返す。単に自分の人生のみを背負うだけではなく、国、民族、派生する組織やグループ、そして友人を背負うからこそ、躊躇し、熟考し、それぞれに選択をするのだ。

 各キャラクター本人の個人史や考え方、自身が属する国・宗教・グループとして譲れない理念、そのほかにも多角的な視点が混ざり合い、「真実・幸福・自己とはなにか?」という哲学的な問いかけはより深みを増し、現在にいたるまでの人気へと繋がっているのだ。

 このような宗教や政治などの思想的な考えを大きく打ち出したこの作品が、海外から未だに人気だというのは特筆すべき点だろう。日本人だからこそ生みだせたダークファンタジー作品は、今後も大きな人気を得ていくはずだ。

■草野虹
福島、いわき、ロックの育ち。『Belong Media』『MEETIA』や音楽ブログなど、様々な音楽サイトに書き手/投稿者として参加、現在はインディーミュージックサイトのindiegrabにインタビュアーとして参画中。Twitter

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