『おかえりモネ』清原果耶が見せてきた豊富な表情 視聴者に想像させる芝居の妙

『おかえりモネ』清原果耶が見せる豊富な表情

 連続テレビ小説『おかえりモネ』(NHK総合)第9週「雨のち旅立ち」が、どうやら登米パート最終週になるようだ(いよいよ、第10週からは「東京編」がスタートする模様。ということはおそらく百音は気象予報士試験にも3度目の正直で合格したのだろう)。ここで改めてヒロイン永浦百音役を演じる清原果耶の変化について振り返りたい。

 百音が地元・気仙沼から離れるところから始まった本作。「とにかく私はこの島を離れたい」と言い、“何かの役に立ちたい”と思う百音は時折切羽詰まった表情も覗かせる。“何者かになりたい”、“特別な存在でありたい”とは、若者に顕著に見受けられる自己承認欲求の一種だが、百音はそうではなく「役に立ちたい」と切に願うのだ。

 新天地の登米で伸びをして空気をいっぱい吸い込む姿に、なんだか“誰も自分を知っている人がいない場所”だからこそ羽を伸ばせているような節が感じられた。

 一方、新天地に乗り込んだ割には、彼女には当時明確な目的もなさそうで、家族でさえも立ち入れない陰りが見られた。どこか地元を遠ざけようとしている素振りを見せるが、その理由が徐々に明かされる。それは東日本大震災時に百音がたまたま地元を離れていたこと。高校の合格発表の掲示を見に行って夢に破れたり、心ときめかせたりしている間に、地元で友人、家族たち大切な人たちは被災していたのだ。

 本来喜べるはずの“被災しなかったこと”“無事であった”ことが、目に見えない断絶を生んでしまうのが、震災の、自然災害の残酷なところだ。この姿は、百音の父・耕治(内野聖陽)が幼なじみの新次(浅野忠信)について「なんにも失くしてない俺は、何ができんだ」と復興格差について思い悩む様子とも重なる。

 大声で泣き喚くこともあからさまに思い悩む様子も見せない百音の、静かにじっと耐えている姿や心の葛藤を、清原は大袈裟ではなくそれでいて実に豊富な表情のバリエーションでよく表現していた。これは、同じく脚本を安達奈緒子が担当し、清原初主演作となった『透明なゆりかご』(NHK総合)で見せてくれた看護師見習い・アオイ役とも通ずるところがあるだろう。かなりハードな状況下で、自分を強く持ち揺るがない役どころを好演したが、何も溌剌としていてわかりやすくがむしゃらというのではない。静かに痛みに耐え、自身の全てを不条理に侵食されてはしまわない、そんなしなやかだがずっしりとした強さを見せてくれた。

 “あの時で止まってしまった”自身の記憶や感情を呼び戻し、自分を取り戻す。ある意味の“リハビリ”期間を百音は登米でゆっくり、じっくり過ごす。彼女の「再生」物語が展開されるのだ。

 やはり忘れがたいのは、百音が気象キャスターの朝岡(西島秀俊)にこれまで誰にも打ち明けたことのなかった自身の後悔を初めて話したシーンだろう。自分を“許せていない”彼女自身は、痛みや傷に蓋をし、これまで口にしたこともない、むしろあえて言語化しないようにしていたのかもしれない後ろめたさやわだかまりをこぼす。安易に“そんなことないよ”なんて同情を一切寄せつけない告白シーンであり、彼女の中で今まで溜まりに溜まった感情が思わず発露した瞬間でもあった。

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