『コミンスキー・メソッド』『バリー』 演劇人が観た俳優養成所が舞台のドラマ新シーズン

演劇を舞台に描く、海外ドラマの魅力

 演技養成所のリアルさという面では、ようやく日本でもシーズン2が配信された『バリー』がさらに上を行く。ビル・ヘイダーが演じる主人公バリーはイラク帰還兵の殺し屋。しかしPTSDとミッドライフクライシスによって精神状態はめちゃくちゃだ。彼はひょんなことから演技養成所に通い始め、演劇の魅力に目覚めていく。それでも殺しの仕事は絶えず、足を洗うこともままならない。

『バリー』(c)2021 Home Box Office, Inc.

 シーズン2でバリーら研修生は自身のトラウマを題材にしたモノローグの製作を課せられる。演技の重要な要素の1つは自身の経験をキャラクターに引き寄せることだ。しかしバリーにとってトラウマとはイラク戦争の悲惨であり、人前で口にするものではない。ここではしばし映画界でも話題となる「芸術表現のための過度な苦痛は必要か?」という疑問が呈されている。だが養成所(劇団)という閉じられたコミュニティにおいて講師(演出家・主宰)の存在は絶対であり、生徒たちは疑うことなく作品製作に取り組んでいく。

 主演のヘイダーは本作の脚本、監督も兼任しており、作品からは彼に演技に対するスタンスを伺い知ることができる。第6話でバリーは暴力夫の役にのめり込み、一種のトランス状態のようになるが、直前まで稽古を繰り返した「首を絞める」というお約束の段取りは寸分違わずクリアする。“迫真の演技”を役柄が憑依した“なりきり演技”を指すと思いがちだが、特に演劇にいたっては俳優やスタッフの動線、照明の位置、客席からの見え方など常にあらゆる方向に気を配る必要があるため、どんな名演においても“我を忘れる”ということはありえない。バリーの殺しは緻密な訓練によって積み重ねられたスキルであり、それは優れた演技同様、どんなに感情が昂ろうと我を忘れて成されるものではないのだ。研鑽された技術というものへの信頼にヘイダーの演技理念、そして驚異的な監督回第5話の演出理念を見るのである。

 ちなみに楽屋モノでよくある“本番で勝手に台本が変えられていた”という描写だが、筆者は見たことも聞いたこともない。その代わり、本番で稽古とは全く違う芝居をする俳優は見たことがある。往々にして観客席にキャスティング権を持っている大物や、先輩俳優が来ている時に起こりがちな現象であり、ドラマを観ている最中、そんな役者の功名心についても思いを馳せた。

■長内那由多(Nayuta Osanai)
映画・海外ドラマライター。東京の小劇場シーンで劇作家、演出家、俳優として活動する“インデペンデント演劇人”。主にアメリカ映画とTVシリーズを中心に見続けている。作品のエモーションを共有できるようなレビューを目指しています。Twitter映画・海外ドラマ レビューブログ

■配信情報
『コミンスキー・メソッド』
Netflixにて配信中
出演:マイケル・ダグラス、サラ・ベイカー、ナンシー・トラヴィス、キャスリーン・ターナー、ポール・ライザー、エミリー・オスメント、リサ・エデルスタイン、グレアム・ロジャース、ハーレイ・ジョエル・オスメント
脚本:チャック・ロリー
製作総指揮:チャック・ロリー、マイケル・ダグラス、アル・ヒギンズ
監督:アンディ・テナント、ベス・マッカーシー=ミラー、チャック・ロリー

『バリー』
U-NEXTにて配信中
出演:ビル・ヘイダー、スティーヴン・ルート、アンソニー・キャリガン、ヘンリー・ウィンクラー、ジョン・ピルチェロ、サラ・バーンズ、ダレル・ブリット=ギブソン、ダーシー・カーデン、アンディ・キャリー、ライター・ドイル、アレハンドロ・ファース、カービー・ハウエル=バプティスト、サラ・ゴールド、バーグマイケル・アービー、アンドリュー・リーズ、ジェシー・ホッジス、クリス・マクギャリー、ロドニー・トー
脚本:ビル・ヘイダー、アレック・バーグ
製作総指揮:ビル・ヘイダー、アレック・バーグ
監督:ヒロ・ムライ、ミンキー・スパイロ、ライザ・ジョンソン、ビル・ヘイダー、アレック・バーグ
(c)2021 Home Box Office, Inc.

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