犬の視点で記録する“地上50センチのディストピア” 『犬は歌わない』が暴く人間の残酷さ

 「モスクワの街には、ライカの亡霊がさまよっている」と、そんな野暮ったい都市伝説が劇中では語られる。地球の軌道に乗る“惑星”となったライカ。奇しくも“惑星”の語源であるギリシャ語の「planetes」は“放浪者”の意味を持つ言葉であり、そんな都市伝説もついつい信じたくなってしまう。ましてや映画の終盤でワンシーンだけ、ナイチンゲールの歌声に導かれるようにして空に吸い込まれていくようなカットが登場する。ナイチンゲールは死を告げる鳥とも言われている。宇宙の果てで、ライカの命が失われたことを教えているのか。その瞬間に、もしかしたらこの映画を観ている我々こそがライカの亡霊であったのかもしれないと気付かされる。

 “SPACE DOGS”というシンプルな題を持つ本作に与えられた邦題は『犬は歌わない』。当然のように、劇中に登場する犬たちは歌うことはない。そもそも犬は歌うのか、歌わないのか。少なくとも生物的な強者であることに驕って、他の種に対して痛ましいまでの無関心を貫く人間に、その答えはわかりようもない。きっと犬は歌う。けれど人間の代わりには歌わない。彼らが生きて歌うのは、人間の身代わりになるためでも実験台になるためでもないからだ。いくつもの意味を込めながら、言葉少ななこの映画は、宇宙を見上げることなく地球の上を見つづけているのだ。

■久保田和馬
1989年生まれ。映画ライター/評論・研究。好きな映画監督はアラン・レネ、ロベール・ブレッソンなど。Twitter

■公開情報
『犬は歌わない』
東京・シアター・イメージフォーラムにて公開中
大阪・シネ・ヌーヴォ、京都みなみ会館、名古屋・シネマテーク、横浜・ジャックアンドベティほか全国順次公開
監督・プロデューサー:エルザ・クレムザー&レヴィン・ペーター
ナレーション:アレクセイ・セレブリャコフ
撮影監督:ユヌス・ロイ・イメル
音楽:ピーター・サイモン&ジョナサン・ショア
編集:ヤン・ソルダット、ステファン・ベヒャンガー
後援:オーストリア大使館、オーストリア文化フォーラム
配給:ムーリンプロダクション
2019年/オーストリア・ドイツ/DCP/91min/カラー・モノクロ/DOLBY SRD 5.1
(c)Raumzeitfilm
公式サイト:http://moolin-production.co.jp/spacedogs/
公式Twitter:@SpaceDogsJP
公式Facebook:https://www.facebook.com/SpaceDogsJP

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