『クルエラ』新時代のヴィランが生まれるまで キャリアとともに探るエマ・ストーンの魅力

新たなヴィランの誕生

 「悲しみの5つの要素に“復讐”を加える」。少女エステラは鏡を前にしたメイクアップにより稀代のヴィラン、クルエラに変貌を遂げる。鏡の前で魔法のように変身を遂げるという、クラシックにして魅惑的な演出。エステラはクルエラを名乗り、見捨てられた少女時代への復讐の狼煙を上げる。ヴィランでありながら悪を手玉に取る反権力の女王クルエラ。「ナウ、アイ・ワナ・ビー・ユア・ドッグ!」と、イギー・ポップ&ストゥージズのパンクソングを歌いながらエレベーターから登場するクルエラ。まるでこの復讐の物語の最後に「ダマされた気分はどうだい?」(セックス・ピストルズの解散ライブでジョニー・ロットンが放った有名な言葉)とでも言い放つ計画があるかのように、ゴージャスにしてエレガントな復讐の計画を遂行するパンキッシュなクルエラ。クルエラの放つ孤独と情熱の振り子が生む挑発と、エマ・ストーンの狂おしい演技の満を持した出会い。これまでエマ・ストーンがスクリーンで披露してきた女性像が絶えず放ってきた挑発と誘惑と孤独のイメージ。それらが走馬灯のように、クルエラというキャラクターに重なっていく。『クルエラ』は、ここに新時代のヴィランの誕生を高らかに宣言する。狂おしいほどの傑作だ。

 エマ・ストーンほど整ったフィルモグラフィーを辿る女優も珍しい。女優になることを両親に説得するため、「プロジェクト・ハリウッド」と名付け、マドンナの曲「ハリウッド」をかけながらプレゼンテーションをしたその日から、キャリアの初期にかけて、エマ・ストーンは新しい時代のコメディエンヌの肖像を探し求めていた。エマ・ストーンは女性のコメディアンの活躍の場が限られているハリウッドの現状を顧みて、現在のハリウッド製コメディ映画への流れを作ったともいえる、意欲的なコメディ映画に次々と出演する。

ポスト・コメディエンヌ時代

 『スーパーバッド 童貞ウォーズ』(グレッグ・モットーラ監督/2007年)~エマ・ストーン自身もフェイバリットに挙げる『ラブ・アゲイン』(グレン・フィカーラ、ジョン・クレア監督/2011年)に至るまでの一連の現代ハリウッドコメディ傑作群。

『小悪魔はなぜモテる?!』

 とりわけ『小悪魔はなぜモテる?!』(ウィル・ブラック監督/2010年)は、物語構造に多くの枝葉を含みながら、それを愉快な身振りで笑い飛ばしていく、真に「多様性」という言葉が当てはまる学園コメディの金字塔的作品だ。思わずついてしまったウソが学園内に一人歩きしてしまい、男性経験がないにも関わらずヒロインは“簡単な女”(原題は『EASY A』)の烙印を押される。ところがヒロインは、それを逆手にとって多くの男子生徒との“偽装セックス引受人”として、男子生徒たちと関係を持たないまま世直しのごとく活躍するという物語だ。自身の体を汚さず噂話だけを売っていくというヒロインの主体性を持った遊戯と、当然起こりえる社会的に笑いものにされてしまうという孤立と、そこから浮かび上がってくる強者と弱者とを分ける階層への問題を、ユーモアで解決していく晴れ晴れしい作品だ。また、作品内で引用されるように、『小悪魔はなぜモテる?!』がジョン・ヒューズの80年代学園コメディを再構築していることからも、エマ・ストーンは学園コメディの伝統の中で新たなコメディエンヌ像を生み出すことに成功している。ここには学園コメディの地図を辿っていく冒険性と、そこからはみ出す領域を新たに創造していくという挑発性が同居している。

 同時期の作品でいえば、『キューティ・バニー』(フレッド・ウルフ監督/2008年)は、プレイボーイ・マンションを追い出されたバニーガール(アンナ・ファリス)が地味な女の子たちをステレオタイプなモテる女に変身させていく物語で、ここでエマ・ストーンはモテる女に変身させられる側のリーダーを演じている。『キューティ・バニー』の面白さは、バカ騒ぎのパーティーシーンの見事さもさることながら、ステレオタイプから出発して最終的には女性が男性社会で生きることの困難を”戦場のガールズライフ”とでも呼ぶべき地平に落とし込んだ手腕である。空っぽな女の子を演じるアンナ・ファリスが、「若い」と言われるだけで、しみじみと喜んでしまうシーンには、男性社会が要請する女性の「若さ」に対する悲しみがこぼれ落ちる。スパイスガールズをおそらく闘士として愛するエマ・ストーンが、この作品を選んだ理由をうかがい知ることができる。また、この作品は、後年の出演作『ラブ・アゲイン』で、ライアン・ゴズリングがスティーヴ・カレルをモテる男に調教するという、偶然にもまったく逆の展開が用意されていることでも興味深い繋がりがある。『ラブ・アゲイン』でエマ・ストーンは、ライアン・ゴズリングの手を引き、モテ男の遊戯を改心させる役割を担っている。

 これらの出演作におけるエマ・ストーンは、『ROCKER 40歳のロック☆デビュー』(ピーター・カッタネオ監督/2008年)で「皮肉屋でポストモダンなパンクガール」を自称するベーシストを演じたことを思い起こさせる。エマ・ストーンは、キャリアの初期において「ポスト・コメディエンヌ」を体現する作品を意識的に選んでいたことがよく分かる。

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