『おちょやん』の根底にある人間の哀しみ 脚本・八津弘幸の構成力の妙を紐解く
栗子は第21週において3度、千代を救っている。1度目は、行くあてのない千代の前に現れ、姪である春子の面倒を見てほしいと言うことで、千代の居場所を作ること。
2度目は千代に「ただおってくれるだけでええ」と投げかけたことだ。この言葉と、栗子が春子の存在によって生かされたというエピソードは、千代が、その存在を励みにこれまで頑張ってきた、救われてきたことを弟・ヨシオ(倉悠貴)に告げる第60話と重なるものがある。
3度目は、栗子が、継続的に千代に花籠を送り続けていた人物だったことを明かしたことである。「ずっとうちのこと見ててくれた」のは、空の向こうにいる実の母親だけでなかった。2人の「母」にずっと見守られていたのだということを千代は知ったのである。
千代の前にも、山村千鳥(若村麻由美)に、高峰ルリ子(明日海りお)と、愛する人に裏切られ傷つけられた過去を抱く女優たちの物語は繰り返し描かれてきた。逆に傷つけた側の女性たちもいる。栗子だけでなく、第13週で描かれた一平の母・夕(板谷由夏)も印象深い。そして驚くべきことは、千代が栗子と春子に、千代から一平を奪った女性、灯子(小西はる)を重ねたことではないだろうか。
灯子の妊娠によって一平との離縁が決まった千代は、30年前、栗子の妊娠によって実質家から追い出される形になったことを思い出す。さらに、「春子の面倒を見てほしい」という突然の栗子の申し出に混乱した千代は、戦争で両親を亡くしたという春子の身の上に、灯子の身の上を重ね、これまで押し込めていた本音を吐露する。千代が、彼女から「家庭」を奪った灯子を重ねた2人が、千代に新しい「家庭」を与え、居場所を作る。それが何を意味するのか。
「栗子が千代を救う」第21週を通して、『おちょやん』が描いたことは、壮大な「赦し」である。栗子がかつてしたことも、灯子がしたことも到底許されることではない。でも、誰かを信じては裏切られ続ける千代の人生を肯定するために、千代を貶めた彼女・彼らの人生を否定することをこのドラマはしない。描かれなかった栗子の人生を想像させることを通して、語られない「悪役」たちの人生と、葛藤をも想像させる懐の深さを、このドラマは持っている。
「お前の苦しみはお前にしかわかれへん。俺の苦しみは、お前なんかには絶対にわからへん。そやから俺は芝居する」とかつて一平は千代に言った。夫・福助(井上拓哉)を亡くしたみつえ(東野絢香)は、千代に「あんたにうちの気持ちなんかわからへん」と言った。どんなに寄り添って相手の気持ちになろうとしても、相手の全てを理解することはできないという人間の哀しみが『おちょやん』の根底にはある。
これは、それでもなんとかして理解したい、愛したい、信じたいと思う人たちの物語だ。だから千代たちは芝居をするのであって、ドラマ自体もまた、そんな、人間の本質というものを抉り出そうとしている。残り2週間、何が描き出されるのか。楽しみでならない。
■藤原奈緒
1992年生まれ。大分県在住。学生時代の寺山修司研究がきっかけで、休日はテレビドラマに映画、本に溺れ、ライター業に勤しむ。日中は書店員。「映画芸術」などに寄稿。
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■放送情報
NHK連続テレビ小説『おちょやん』
総合:午前8:00〜8:15、(再放送)12:45〜13:00
BSプレミアム・BS4K:7:30〜7:45
※土曜は1週間を振り返り
出演:杉咲花、成田凌、篠原涼子、トータス松本、井川遥、中村鴈治郎、名倉潤、板尾創路、 星田英利、いしのようこ、宮田圭子、西川忠志、東野絢香、若葉竜也、西村和彦、映美くらら、渋谷天外、若村麻由美ほか
語り:桂吉弥
脚本:八津弘幸
制作統括:櫻井壮一、熊野律時
音楽:サキタハヂメ
演出:椰川善郎、盆子原誠ほか
写真提供=NHK
公式サイト:https://www.nhk.or.jp/ochoyan/