『俺の家の話』が残した謎を考える 長瀬智也が演じた寿一とは何者だったのか?
『俺の家の話』では、寿一の欠点が元妻のユカ(平岩紙)と恋人のさくら(戸田恵梨香)によって語られた。寿一は「能のお面のように自分がない」と指摘される。「与えてはくれるけど、こっちが返しても受け取ってくれへん」と言うユカ。一般的にも、離婚した妻というものはとにかく徹底的に元夫のことを分析しているから、その指摘は正しいはず。寿一はさくらに対しても、さくらが幸せになるべきだから交際しようと言い、セックスに関しても「手を出さないなんて失礼ですよね」という理由でしようとする。そこには、たしかに自分の欲望というものがまったくない。
さくらは「(寿一は)妖精みたいですね」と言って笑っていたが、寿一が恋人や夫としては不適格だということに気づく。そして、寿一はセックスもしないままに死んでしまい、ラスト、お墓参りに来たさくらの前に覆面レスラーの姿で現れた。そこで幽霊となっても「親父が死ぬまで、そばにいてやってください」と頼む寿一に、さくらは呆れて「本当にないんですね、自分」と言うが、寿一はそれを否定せず「俺は俺の家が大丈夫なら、大丈夫なんで」と答えて笑う。ここはもちろん、寿一というキャラクターが言っていることなのだが、演じる長瀬の妖精のような優しさと、その優しさが時に残酷さにもなるということも表現している気がした。
他にもクドカンドラマらしく様々な要素が満載で、全話レビューを書きながらも、きちんと考察できていないことがあった。それは「コロナとマスクと面」である。このドラマではコロナ禍の現実に即して登場人物がマスクをしていた。マスクをした顔は口元が隠れ、表情が読み取りにくい。それが能の面(おもて)にリンクするという狙いはあったようだ。能面のように相手が喜んでいるようにも悲しんでいるようにも見えるオンマスクの時代、親子間でも意思疎通がしにくくなった観山家に寿一が戻ってきて、「親父、メシはうまいか」「秀生、楽しいか?」といちいち確認をする。寿一はそれをうざいと言われながらも、「だって、(相手が)言わなきゃわかんないもん」と答えを要求する。人間らしい感情がなくなったかのようなコロナの時代には一家にひとり、寿一のような人が必要なのかもしれない。このドラマが2021年1月から放送されたのは必然だった。
そして、プロレスのマスク。顔半分だけの普通のマスクと違い、プロレスのマスクは完全な覆面である。被ってしまえば中の人が誰かは分からない。寿一はそのメリットを活かし家族に黙ったまま大好きなプロレスを続け、プロレス好きの父親を励ました。さくらは覆面を被った寿一こそが彼自身のありたい姿だと見抜いたからこそ、最後の別れでも「(覆面を)外さなくていい」と言ったのかもしれない。
回収されなかった伏線は、寿限無のセクシュアリティについて。寿限無は40歳だがこれまで女性と付き合った形跡がなく、寿一の後輩・プリティ原(井之脇海)を「かわいい原くん」とかわいがり、おいしい菓子を食べたときには「お口が女の子になっちゃう」と笑っていた。踊介の「彼女とかいんの? 聞かないよね、(寿限無の)浮いた話」というセリフも。また、寿限無が能の公演で舞った役柄は、道成寺の姫や隅田川の母親など、全て女性だ。しかし、そこの答えを求めるのは余計なことなのだろう。ただ、何かしら人に言えない秘めたものはありそうで、観山家で実の父や弟妹から使用人のように扱われていた不遇のシンデレラ寿限無が、宗家を継ぐことになったのは救いがあった。
また、長州力(本人役)の「切れてないですよ」「形を変えるぞ」という決めゼリフも毎回のように繰り返し出てきたので、なんらかの意味が込められているはずだが、筆者には分からない。寿一は死んで特大の骨壺に収まり「形が変わって」しまったが、家族の絆は「切れてない」ということなのだろうか。「これは俺のいない俺の家の話だ」という寿一のモノローグで家族の場面は終わり、その後はプロレスでの寿一の追悼試合に。寿一はそこにも幽霊となって現れた。プロレスの仲間たちと過ごしたリングも寿一のもうひとつの家だったことは間違いがないだろう。そして、「ぜあっ」という寿一の最後の掛け声は、もともと世阿弥(ぜあみ)から来ているが、thereの意味もあって、マスクだけを残して消えた寿一は永遠に「そこにいるよ」ということなのかもしれない。
ここまで考察を続けても、家父長制の功罪など、まだまだ考えさせられることがある。クオリティの高いドラマで全10話、たっぷりと楽しませてくれたことを作り手とキャストの皆さんに感謝したい。
■小田慶子
ライター/編集。「週刊ザテレビジョン」などの編集部を経てフリーランスに。雑誌で日本のドラマ、映画を中心にインタビュー記事などを担当。映画のオフィシャルライターを務めることも。女性の生き方やジェンダーに関する記事も執筆。
■配信情報
金曜ドラマ『俺の家の話』
Paraviにて全話配信中
出演:長瀬智也、戸田恵梨香、永山絢斗、江口のりこ、井之脇海、道枝駿佑(なにわ男子/関西ジャニーズJr.)、羽村仁成(ジャニーズJr.)、荒川良々、三宅弘城、平岩紙、秋山竜次、桐谷健太、西田敏行
脚本:宮藤官九郎
演出:金子文紀、山室大輔、福田亮介
チーフプロデューサー:磯山晶
プロデューサー:勝野逸未
編成:松本友香、高市廉
製作:TBSスパークル、TBS
(c)TBS