『呪術廻戦』『チェンソーマン』 映画好き作者が産むヒット作が提示する“引用”の重要性

『呪術廻戦』『チェンソーマン』 映画好き作者が産むヒット作が提示する“引用”の重要性

 『鬼滅の刃』が社会現象を巻き起こしたが、『週刊少年ジャンプ』作品では今『チェンソーマン』と『呪術廻戦』の2作が最も盛り上がりを見せていると言っても過言ではない。『呪術廻戦』は2020年10月からアニメ化され、1月からは新章「京都姉妹校交流会編」が放送予定。さらに、先日本誌にて最終回を迎えた『チェンソーマン』もアニメ化が決定した。どちらも同じ制作会社MAPPAが手がけるというのが興味深い。

 この2作に共通するのは、呪いや悪魔といった人外かつ恐怖の対象となる存在から、人類を守るために主人公が戦う物語であること。そしてその物語を語る作者が両者とも映画好きで、それが作品に色濃く投影されていることである。両作品で映画の引用は少し違った使われ方をしているが、結果的には同じ作用をもたらしている。

『呪術廻戦』作品内に登場する映画の役割

(c)芥見下々/集英社・呪術廻戦製作委員会

 映画の引用という意味では圧倒的に藤本タツキ作『チェンソーマン』の方が多いが、まずは芥見下々による『呪術廻戦』の中の“映画”について触れたいと思う。本作の映画といえば、いじめられっ子の吉野順平というキャラクターがすぐ頭に浮かぶ。彼は映画研究部に所属する根っからの映画ファン。研究部では『最終絶叫計画』という、知る人ぞ知るホラーパロディ満載のコメディ映画について仲間と話していた。この時点で、作者もなかなかの映画好きだと窺える。そして最悪な呪いである真人が、順平をいじめていた高校生組を呪術「無為転変」で殺害した場所も映画館だったが、その時の上映作品は『ミミズ人間3』。これはトム・シックス監督による『ムカデ人間』シリーズのパロディタイトルでこそあるが、中身は実際の作品にかなり寄っている(3は刑務所が舞台になったコメディだったので、アニメ版で描かれた映画の内容はどちらかというと1作目の方だけど)。

 その後、主人公の虎杖悠仁が順平と打ち解ける河原シーンでは『ミミズ人間』もとい『ムカデ人間』について語り合う。この時、「2作目は評価が高い」と2人の意見があって順平が彼に心を開き始めるが、この2作目についての言及も現実世界の『ムカデ人間』シリーズに対する評価と一致する。アニメ版で描かれた映画の描写も、まんま『ムカデ人間2』。このように、実在する映画をそのまま漫画に登場させることによって、まず作品の世界観のリアルさが高まる。それだけでなく、読者との距離を縮める効果もあるのだ。例えば、かの大ヒットホラー作家スティーヴン・キングは、自分の作品の中に現実に存在するブランドのプロダクトをこれでもかというぐらい、ふんだんに登場させる。これは彼の作品の人気理由のひとつであり、作家性でもあるが、そうすることで読者が「それ、私も使っている」と登場人物や情景の想像がしやすくなり、より世界観に没入できるからだ。まさに、親近感そのもの。『呪術廻戦』の映画の使い方は、主にこの親近感とリアリティを高める効果を作品全体にもたらしている。

 虎杖が呪力をコントロールする修行でひたすら映画を鑑賞する、というくだりも面白い。その中で明らかに彼は『ロード・オブ・ザ・リング』を鑑賞しているし、五条先生が「ヒロインが死ぬんだ」と鑑賞前にネタバレをするなど、かなりメタ的な楽しみ方ができるシーンである。しかし、それだけでなく、あらゆる感情を感じさせる手法として映画が選ばれたのが実は深いシーンでもある。映画は様々なジャンルがあって、出来も様々。その中に描かれている物語を通して、登場人物(他者)の感情の行方を理解し、その上で鑑賞者として心を揺れ動かすことは、高校1年生の虎杖青年が呪術師として、1人の人間として強くなる上で必要なことだった。そして、その揺れる心を制御できたのも、それが映画という“作られた、現実ではない創作物”であるからだったのかもしれない。目の前で大事な人が死ぬ、といった状況では心の揺れを制御するなんて無理だから。

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