『記憶にございません!』は“1粒で2度おいしい” 中井貴一を中心に適材適所のキャスト陣にも注目

 初回と2度目以降の鑑賞で見方が大きく変わる映画がある。たとえば『ユージュアル・サスペクツ』。1996年日本公開、カイザー・ソゼという名の謎の人物に翻弄される男たちのクライムサスペンスだ。他にもブラッド・ピットとエドワード・ノートンW主演の『ファイト・クラブ』や、大泉洋、堺雅人らが出演した『アフタースクール』など、「やられた!」と膝を打ち、「なるほどねー」と頷きながら2回目を観る作品に出会えた時の喜びは格別。

 2019年公開の『記憶にございません!』もそれらと同じく「1粒で2度おいしい」映画である。

 ひとりの男が頭に包帯を巻かれ、病院のベッドで眠っている。おもむろに起きだしたその男は病院を抜け出し、パジャマ姿で街に出るのだが、どうやら人々は彼のことを知っている模様。じつはその男、日本の憲政史上最悪と言われる内閣総理大臣・黒田啓介(中井貴一)。演説中に聴衆から投げられた石が頭に当たり、政治家になってからの記憶を失ってしまったのだ。官邸に連れ戻された黒田は、事情を知る秘書官・井坂(ディーン・フジオカ)、番場(小池栄子)、野々宮(迫田孝也)らのサポートで総理大臣の仕事に復帰し、なんとか公務をこなすが、アメリカ大統領(木村佳乃)が貿易交渉のため来日しーー。

 三谷幸喜が脚本と監督の両方を担った映画としては8作目となる『記憶にございません!』。三谷映画の特色=「登場人物それぞれがピタゴラスイッチのように影響を与え合う群像劇」が、適材適所の俳優たちによって構築されている。

 三谷映画初主演の中井貴一に関しては後で語ることにして、まずは黒田を取り巻く人々を見ていこう。

 黒田の妻、首相夫人・聡子役の石田ゆり子。お嬢さん育ちの雰囲気、周囲の迷惑も顧みず、政府の広報番組でフラメンコを披露するテンションなど「“あの人”がモデル?」と思わずにはいられないキャラクター造形につい笑ってしまう。

 黒田内閣の官房長官・鶴丸を演じる草刈正雄。日本の古いタイプの政治家像をデフォルメした演技でコミカルに見せる。また、黒田の“愛人”であり、野党の党首・山西を演じる吉田羊もリアルというより振り切った芝居でパワフルな女性政治家を好演。

 デフォルメといえば1番ハジけていたのがスーザン・セントジェームス・ナリカワ役の木村佳乃。なんと、米国初の日系女性大統領という役どころだ。金髪姿でエネルギッシュに進んでいく様は一歩間違えるとコント風味にも見えてしまうのだが、ギリギリのところで成立させる木村と、ポーカーフェイスの通訳、ジェット・和田役の宮澤エマのコンビネーションは最高。本人はサッチャーをイメージして演じたとのことだが、ヒラリー・クリントンの姿も重なった。

 他にも佐藤浩市、斉藤由貴、藤本隆宏、田中圭、寺島進らに加え、劇団時代から三谷と共に作品を作り続けてきた梶原善、小林隆、阿南健治、近藤芳正といった手練れの俳優たちが作中でピリリと妙技を見せている。

 さて、ここからは物語における重大なネタバレを含むので、まっさらな状態で作品に触れたい方は鑑賞後にあらためてお読みいただきたい。

※次ページより作品の結末に触れています

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