『市民ケーン』の斬新さ、トラブルの裏側とは 『Mank/マンク』を観る前に知っておきたいこと

『市民ケーン』って何がすごいの? 

 あのオーソン・ウェルズの名作『市民ケーン』の誕生過程を描いている『Mank/マンク』。そもそも『市民ケーン』が映画界で歴代No.1と評価されている理由はなんなのだろうか? それは、その斬新なストーリー構成や撮影手法にある。

 もちろん、それらは今では当たり前のストーリー展開や撮影手法ではあるが、当時の人々にとっては、例えば現代の我々が、映画『シックス・センス』で主人公が自分が亡くなっていることを知らずに行動するというストーリー設定や、映画『マトリックス』で360度にカメラを設置して、銃弾をスローモーションでよけるキアヌ・リーブスの映像などで受けた衝撃に近いだろう。

 冒頭から主人公がどんな人物であるかを描くのが主流の中、主人公の死から始まる設定の作品は当時少なかったし、実在する人物(ヒトラー)とフィクションのキャラクター(ケーン)を、同時にニュース・フィルムで取り入れたことも衝撃だった。主人公以外の人物を通して、主人公を把握していく設定は、フラッシュバック技法の一つしてよく使われるが、その技法が、主人公のダイイングメッセージから発せられる「バラのつぼみ」というテーマに添った形で描かれるのも珍しかった。この、テーマに沿ったフラッシュバック技法は、我々日本人にも馴染みの1950年公開の映画『羅生門』でも描かれているが、あの作品の10年近く前の『市民ケーン』から用いられていたのだ。

 前景と後景の全てに焦点を合わせたシャープな映像で撮影するパンフォーカスも、当時の撮影手法では特徴的だった。この手法によって、前後の人物の異なる内面を映し出していて、この手法は後にヒッチコック監督、黒澤明監督が使用している。新聞記者を最後まで逆光で撮影することで、顔の表情を一度も見せない照明や、人物の威圧感を表現するために、床に穴を開けてカメラを構えた撮影も大きな驚きをもたらした。

 撮影監督は映画『嵐が丘』『別離』などを撮影し、ジョン・フォードやハワード・ホークスなどの巨匠とも組んできたグレッグ・トーランド。舞台やラジオで活躍してきたオーソン・ウェルズは、映画手法の中での限界を知らず、思い付いたアイデアをグレッグにぶつけていた。だが、そんな無理難題のウェルズ監督の注文をグレッグが叶えたことから、今でも色褪せない名作として評価される理由になった。エンディング・クレジットではウェルズ監督がグレッグ・トーランドの名前を自分と同じ位置に据えていることがそのことを証明している。そんな名作の撮影手法は、『Mank/マンク』でも意匠的に使われているので、『市民ケーン』との撮影手法を比較しながら観ても面白いかもしれない。

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