竹内涼真がいま求められている理由がわかる? 『竹内涼真の撮休』が映し出す“竹内涼真らしさ”

 ドラマや映画の撮影期間に突然訪れた休日――“撮休”を、役者たちはどんなふうに過ごしているのか? そんな素朴な問い掛けを、さまざまなクリエイターたちが自らの“妄想”を膨らませながら描き出し、それを“本人”が演じるという虚実皮膜なコンセプトがユニークだったWOWOWオリジナルドラマ『有村架純の撮休』。その第2弾『竹内涼真の撮休』が、早くも注目を集めているようだ。

 「突然訪れた撮休を、どう過ごすか?」というコンセプトは前作と同じ。それを複数の監督、脚本家が入れ代わり立ち代わりで描き出すという形式も同じである。ちなみに今回は、廣木隆一、内田英治、松本花奈という世代の異なる3人の監督を起用。前作同様、全8話の脚本は、それぞれ別の作家が担当することになるという。

 2014年に『仮面ライダードライブ』(テレビ朝日系)の主演で注目を集めて以降、『過保護のカホコ』(日本テレビ系)、『テセウスの船』(TBS系)などのドラマや、『青空エール』、『センセイ君主』などの映画、そして数多くのテレビCMなどに出演してきた竹内涼真。多くの人にとって、いまやすっかりおなじみの“顔”となった彼は、果たしてどんな休日を過ごしている――否、過ごすと“妄想”されているのだろうか。そして、プライベートの彼は、一体どんな人物――否、人物であると“妄想”されているのだろうか。

 かくして放送された第1話「薫るスパイスカレー」では、突然の“撮休”を利用して、以前から気になっていたスパイス店に足を運び、店の女主人(小池栄子)と気さくに会話しながら、気がつけば一緒にカレーを作ったり、ヨガを教えてもらったりしながら、微妙に心を浮き立たせていた“竹内涼真”ではあるけれど、続く第2話のタイトルは「『人生』」である。なかなか大きく出たものだ。“竹内涼真”は、ここで自らの“人生”を大いに語ってしまうのだろうか。あるいは、思わず“人生”を感じてしまうような出来事に、彼はここで遭遇するのだろうか。

 例によって、マネージャーから突然の撮休を告げられた“竹内涼真”は、特に予定を立てるわけでもなく、一日寝て過ごすことを選んだようだ。けれども、自宅で心地良く眠っていた彼は、鳴りやまないインターホンの音で、半ば強制的に目覚めさせられる。寝ぼけ眼で扉を開けた向こうには、サングラスに革ジャン姿の怪しげな女性。あからさまに嫌な顔をする彼を押しのけ、慣れた素振りで部屋に上がり込む彼女は、果たして何者なのだろう。というか、その役を藤野涼子が演じていることから大方予想がつくように、彼女はどうやら彼の“妹”であるようだ。そして彼は、大量の色紙にサインをさせられた挙句、彼女のためにカレーを作らされる羽目になるのだった。

 サインは左手で書くのに、包丁を持つのは右手なんだ――そんな些細な発見を視聴者にもたらせながら、妹が持参した材料の中に、カレールウが無いことに気づく“竹内涼真”。あいにく自宅にストックもないようだ。というか、第1話と関連しているのか、彼はカレーをスパイスの調合から始めることにハマっているようだ。そんな兄に向かって、買い出しを命じる妹。そう、竹内涼真という役者は、どうも年下の女性にこき使われる役どころが多い印象がある。そして、ブツブツ言いながらも、やっぱり妹の求めに応じてしまう、期待通りの“竹内涼真”なのであった。

 スーパー、スパイス店、さらには食器店と渡り歩くことになった彼は、コートにサングラスというベタな変装の甲斐もなく、行く先々で周囲の人々の関心を集めてしまう。「あの人、ひょっとして……」。そう、何と言っても彼は、竹内涼真なのだから。そんなヒソヒソ話に思わず耳を傾けてしまう“竹内涼真”。「そうそう、大河で主役をやった……」。もどかしいことに、周囲の人々がコソコソと話す内容は、微妙に間違っている。けれども、人当たりの良い彼は、その誤解を誤解のまま、やんわりと受け入れてしまったりもするのだった。そして、そのあと「別にいいんだけどね……いや、よくないでしょう!」と、得意の(?)ノリツッコミ的な自問自答を披露したり。

 どうも、竹内涼真という役者は、年下の女性に限らず、他人に振り回される役が多い印象がある。というか、いわゆる無茶ぶりをされて、それに反論しつつも結局受け入れてしまうような“やさしさ”や“大らかさ”が、彼の持ち味であり人気の理由なのかもしれない。そういう意味で今回のエピソードは、かなり“竹内涼真らしい”エピソードと言えるだろう。と、ここまで書いてきて、同じ『撮休』シリーズとはいえ、今回のシリーズは、その全体として醸し出す雰囲気が、前作とは少々異なっていることに気づいた。前作にあたる『有村架純の撮休』が放送されるとき、筆者は“らしさ”をめぐる問題に思いを馳せ、それぞれの“らしさ”が“競合”という形でせめぎ合う緊張感こそが、このシリーズの肝になるのではないかと予想した。そして実際、そこが前作の面白さであったように思う。