『罪の声』が描いた“戦う女性たち”の姿 野木亜紀子の作家性を原作との相違点から紐解く

『罪の声』が描いた“戦う女性たち”の姿

 そして、もう1人、この映画には影の主役がいる。原菜乃華演じる望という少女だ。彼女は、曽根と同じく、弟と共に意図せずして「声」をギン萬事件に利用されたことで、人生の歯車を狂わせていく人物である。原作においても、翻訳家になる夢を持つ、家族思いの健気な少女としてとても印象的だったが、映画における彼女はもっとパワフルで、ただひたすら夢に向かって生きていた。『MIU404』の哀しきヒロイン、美村里江演じる青池透子をはじめ、野木作品の多くの戦う女性たちの系譜に連なる、鮮烈な印象を残した。

「諦めたくない。絶対絶対、夢かなえる。私の人生やもん!」

 映画『罪の声』は、ある意味、この言葉を発した望の物語だ。ポスタービジュアルのキャッチコピー「逃げ続けることが、人生だった。」には、事件に巻き込まれた彼女たち家族の思いが込められている。自ら望んでもいないのに、大人たちの様々な利己的な思惑によって「罪の声」を担わされた子供たちはどんな人生を歩んだのか。

 問題の曽根の幼少期の音声が入ったカセットテープに何気なく入り込んでいた、無邪気な子供の歌声が、原作通りの風見しんごの「僕 笑っちゃいます」ではなく、わらべの「もしも明日が…。」に変わっていたことで、相米慎二監督の『台風クラブ』を思い浮かべた人もいたのではないだろうか。『台風クラブ』における「もしも明日が…。」を歌い踊る少年少女たちの無邪気さと不安と、大人への怒りが混然一体となったシークェンスは強烈だったが、大人の欲望や空疎な理想に振り回され、望んでもいない罪を背負わされ、抗いようもなかったこの映画の少年少女に、実際に存在したのだろう事件の「声」に使われた少年少女の現在を思う。

「未解決事件だからこそ、今、そして未来につながる記事が必要なんや」
(『罪の声』,講談社文庫,p.452)

 原作小説には上記の阿久津の言葉がある。この映画もまた、昭和という過去に置き去りにされた事件を、平成の終わりという現在地から描きながら、救いようもない「罪」をほんの僅かな「救い」と「許し」に変えることで未来に繋げていた。それが本当に救いなのかはわからない。それでも、彼らは生きて、前を向いている。誰かを愛している。それだけでいいのである。

■藤原奈緒
1992年生まれ。大分県在住。学生時代の寺山修司研究がきっかけで、休日はテレビドラマに映画、本に溺れ、ライター業に勤しむ。日中は書店員。「映画芸術」などに寄稿。

■公開情報
『罪の声』
公開中
監督:土井裕泰
出演:小栗旬、星野源、松重豊、古舘寛治、宇野祥平、篠原ゆき子、原菜乃華、阿部亮平、尾上寛之、川口覚、阿部純子、市川実日子、火野正平、宇崎竜童、梶芽衣子
原作:塩田武士『罪の声』(講談社)
脚本:野木亜紀子
制作:TBSスパークル、フイルムフェイス
配給:東宝
(c)2020「罪の声」製作委員会

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