米映画産業、ディズニーの再編計画はパンドラの箱? スタジオの劇場所有をめぐる独占禁止法撤廃の動きも

米映画産業、ディズニーの再編計画はパンドラの箱? スタジオの劇場所有をめぐる独占禁止法撤廃の動きも

 ディズニーの大口投資家であるヘッジファンド会社サード・ポイントのダニエル・ローブ氏はVariety誌とのインタビューで、「映画館上映のビジネスモデルからシフトし、好機を迎えているストリーミング事業にさらなる投資を」との意見をボブ・チャペックCEOに呈したと明かしている。そのためには、株主配当金も全てコンテンツに投資すべきだ、とも。「Netflixには、膨大な量のコンテンツに投資し、それを償却してより多くの新規加入者を獲得できる巨大な加入者基盤がある。ディズニープラスはまだそこに達していないが、できるだけ早く到達する必要がある。彼らが加入者数でクリティカルマス(普及率が跳ね上がる分岐点)を獲得できないとすると、Netflixに対し永久に不利な状況に置かれるだろう」。今年4月、パンデミックが追い風となりNetflixの株価が上昇し、時価総額でディズニーを上回った際にディズニーが進むべき道は明らかになっていた。昨年までは、チャペック氏がCEOに就任する前に陣頭指揮を取っていたディズニーランドなどのパーク事業やホテル経営、クルーズなどの旅行産業とそれらに付随する飲食やグッズ売上がディズニーの収益の大きな部分を占めていた。だが、それらは全てこのパンデミックで壊滅的な打撃を受け、ディズニーの財政を激しく揺るがした。ローブ氏は、「ディズニーのブランドを確固たるものにしたテーマパークや旅行の体験は、Netflixとの差別化を図る不可欠なもの。そこから得られた顧客データに大きなチャンスがある。そして、マーベルやスター・ウォーズ、ピクサーなど、消費者を魅了するフランチャイズもある。それらのすべてを活用し、新規加入者を劇的に増やすことが可能」とし、「マイクロソフトからアマゾンまで、誰もが採用しているサブスクリプションモデルによって企業価値を高めることができる」と述べている。パンデミックか否かは関係なく、「旧態依然としたテントポール作品(会社の屋台骨となる大型作品)の公開を基にした収益モデルにしがみつくのではなく、業界全体の構造改革を推進するときが訪れたに過ぎない、映画館での興行は消滅することはないだろうが、根本的に変化してしまうだろう」とも語っている。

 そもそも、「映画を観るのは劇場か、オンラインか?」の議論はコロナウイルス以前から過熱していた。NetflixやAmazonプライム・ビデオなどの配信サービスが最初に影響を与えたのは、ケーブルテレビに依存していたテレビ業界だった。ケーブルテレビサービスに加入しない“コードカッター”が増え、コムキャスト(NBCユニバーサルの親会社)やAT&T(ワーナー・メディアの親会社)は打撃を受けている。そして、テレビの次は映画の配給システムに刃が向けられた。ディズニーをはじめとした劇場公開型ビジネスモデルで動いていた大手スタジオでは映画部門とテレビ部門が分かれていたり、オンライン配信を含むホーム・エンターテインメント部門を映画配給の二次利用と位置付けていたことが議論の発展を鈍らせていた。「映画は劇場で観るもの」という感情論以上の決め手に欠けていたところに、コロナウイルスがものすごい勢いで形勢を変化させてしまった。人々にコロナウイルスの抗体ができ、有効なワクチンが開発されたとしても、その先にどんな新型ウイルスが待ち受けているのか、今の科学では予知することもできない。今、ハリウッドで起きている構造改革は、映画は文化や風俗であると同時に、アメリカの重要な基盤産業であるという側面が大きく関係している。ディズニーのチャペックCEOは、この構造改革は「消費者と株主の利益のため」と明言している。この発言は株主配当金をコンテンツ制作の資金とすることへの弁明だが、ディズニーを信じて投資している消費者や投資家のために、映画産業を廃れさせないという意思表明とも取れる。好意的な視点で捉えれば、ディズニーやワーナーは劇場公開予定作品を配信に移行することによって、映画産業全体が共倒れしてしまう状況を防ごうとしているとも言える。この非常事態を抜け出すことができた際には、映画が誕生してからずっと文化と産業を支えてきた映画館を、業界としていかに再建させていくのかが命題になる。

 実は、このコロナ禍の最中にスタジオと映画館の関係についても大きな動きが生じている。昨年、米司法省は70年以上前に裁定された「パラマウント同意判決」の見直しを始め、今年8月に連邦裁判所が司法省の決定を承認した。この同意協定には映画配給にまつわる多くの反トラスト法(米独占禁止法)に則った取り決めが含まれているが、最も大きいのは映画配給と劇場経営の分離で、この協定の対象となった1938年当時の5大スタジオ(パラマウント、ワーナー、MGM、フォックス、現在は消滅したRKO)と下位3社(ユニバーサル、コロンビア、ユナイテッド・アーティスツ)に対し、劇場所有を禁じる判決を下している。この協定には現在は存在しない会社が含まれおり、またディズニーは当時配給を行っていなかったことから訴訟には含まれていなかったが、この協定に従っていた。そしてNetflixやAmazonプライム・ビデオなど新興勢力は対象外なので、現状でも劇場を所有することが可能だ。パラマウント同意判決が撤廃されると、スタジオが再び映画館を所有する可能性が生まれる。そしてパラマウント同意判決にはスタジオが作品をパッケージ化し配給するブロック・ブッキングを禁止する条項なども含まれていたので、スタジオと映画館との形勢に変化が訪れることを意味している。70年以上前、スタジオと映画館のカルテル化を防ぐために裁定された法律を見直すことが映画館再建の可能性を秘めているのは皮肉な話とも言える。

参考

https://thewaltdisneycompany.com/the-walt-disney-company-announces-strategic-reorganization-of-its-media-and-entertainment-businesses/
https://variety.com/2020/film/news/dan-loeb-disney-streaming-spending-1234796386/
https://www.unic-cinemas.org/en/news/news-blog/detail/european-cinemas-voice-disappointment-and-dismay-over-disney-decision/
https://www.hollywoodreporter.com/thr-esq/judge-agrees-end-paramount-consent-decrees-1306387
https://www.justice.gov/atr/paramount-decree-review

■平井伊都子
ロサンゼルス在住映画ライター。在ロサンゼルス総領事館にて3年間の任期付外交官を経て、映画業界に復帰。

■配信情報
『ソウルフル・ワールド』
ディズニープラスにて、12月25日(金)より独占配信
監督:ピート・ドクター
共同監督:ケンプ・パワーズ
製作:ダナ・マレー
(c)2020 Disney/Pixar. All Rights Reserved.
公式サイト:Disney.jp/SoulfulWorld

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