『トロールズ ミュージック★パワー』が投げかける疑問 “多様性”を考える契機となる作品に?

『トロールズ ミュージック★パワー』が投げかける疑問 “多様性”を考える契機となる作品に?

投げかけられる「多様性を認める」とは?

 しかし、実際に本作を観て私はとても驚きました。それは、本作が「多様性を認める」をテーマにしながら、決しておさまりの良いハッピーな作品ではなかったからです。 

 例えば、ポピーはカントリーミュージックの村に行き、そこでカントリーミュージックに初めて触れますが、悲しみを歌った深い歌詞に「悲しい曲! 」と理解を示そうともせず、自分たちが考えるサイコーのポップをメドレーで聴かせ「これぞ音楽!」とご満悦。ポピーたちは、元気で明るくアップビートでラメの舞い散るハッピーな村からやってきたハッピーなトロールたちなので、そこに悪意は全くありませんが、無邪気な発言がカントリーミュージック村のトロールたちの気分を害してしまいます。 

 また、ポピーは誰とでも仲良くすることを理想とするも、互いに時間をかけて友情を築き上げて行くタイプではなく、ロック・トロールの女王バーブを深く知らずに「私たちは親友になれる」といった文面の手紙を書きます。しかしバーブは「友達は一朝一夕になるものではない」とポピーの提案を一刀両断します。 

 一事が万事この調子で、ポピーは他のトロールの存在を認めつつも、彼らの在り方や考えを理解し、尊重しているわけではありません。

「認める側」と「認められる側」

 そもそも、「多様性を認める」「受け入れる」とは誰の視点なのでしょう。本作の場合、主役のポピーです。ポピーは思慮深くなく、相手の気持ちに鈍感で、楽しい時間を共有することと友情を履き違えているようなキャラクターです。しかし、ポップソングという大多数から愛される曲のリーダーという立場ゆえ、彼女が「認める側」であり「受け入れる側」になっています。つまり、マジョリティが認める側であり、受け入れる側なのです。 私たちが住む世界でも同じことが言えるでしょう。

 終盤になると、各村のトロールたちが一同に集まり、異なるものを好きだとしてもトロールはトロールであり仲間だということに気づきます。そして、ポピーのリードでラストソング「Just Sing」を歌います。ポピーが全トロールのリーダーに君臨し、圧倒的「受け入れる側」となった瞬間です。 

 クラシック・トロールやテクノ・トロール、その他のトロールたちは、ポピー主導の「Just Sing」に色を添えるアレンジパートであり、あくまで「受け入れられている側」を強調させています。彼らは一様に楽しそうで、不満や戸惑いは感じられません。だからこそ強烈な違和感を感じました。

 そもそも、それまで自分たちのルールや音楽を楽しんでいたトロールたちが、急にハーモニーを求められたからといって、すんなりと喜べるものでしょうか。急に湧いて出た「調和論者」に抵抗があってもおかしくはありません。

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