『エール』裕一は“軍歌の覇王”への路を突き進むのか 時代の変化にともなう木枯との立場の逆転
『エール』(NHK総合)第16週「不協和音」。タイトルからして不穏な空気が漂う今週、戦争によって芸術分野に携わる人間の夢が次々と奪われた。
福島三羽ガラスによる『暁に祈る』で作詞家として大成した鉄男(中村蒼)は、新聞記者の仕事を再開。痔が原因で身体検査に引っかかった久志(山崎育三郎)は慰問活動のため福島へ。キリスト教の特異な宗派を信仰している関内家は特別高等警察から目をつけられ、そのことから梅は出版社から小説の仕事を打ち切られた。
「お国のため」という言葉を、今週は何度耳にしただろう。日本にあるすべての労力が戦争へと費やされる時代、人の営みも文化芸術も国のために使われる。戦下でも好きなことができる喜びを噛みしめる音が参加した音楽挺身隊でも、目的はあくまでも“戦意高揚”であることが強調された。けれど音楽を通して今できることを、と音は慰問先の人たちとの合唱を企画。一度決めたらまっすぐに突き進む音は、娘の華(根本真陽)からマグロに例えられるほど、寝る間も惜しんで選曲に励む。
裕一(窪田正孝)の元には鉄男と、かつてコロンブスレコードで切磋琢磨した木枯(野田洋次郎)が訪れた。新人時代、裕一よりも先に作曲家として名を馳せた木枯だったが、以前のように活躍している様子は見えない。鉄男と同様に、彼は情勢に合わせて自分の音楽性を変えることを拒んだのだ。その一方で、国から求められる戦意高揚のための音楽を生み出している裕一。時代の変化にともない、裕一と木枯の立場は逆転していた。
「変わんないですね、裕一は。まっすぐで純粋で。……利用されなきゃいいけど」
木枯が音に告げたその言葉がポツリと影を落とす。そう、国に利用されるのはいつだって純粋な人間なのだ。バンブー改め、喫茶「竹」を一旦閉めることになった店主の保(野間口徹)も「仕方ないよね、そういう時代だから」と自分を言い聞かせる。すべては国のため、愛する日本が敵国に勝つため――。
しかし、国のために人々が平穏な日常や夢を諦めるのは、その先に待ち受ける素晴らしい未来が保証された上で成り立つ。歴史を学んだ私たちはこの時代、国民が政府から日本の劣勢をひた隠しにされていた事実を知っている。ガダルカナル島での戦いも表向きは「転進」、つまりあたかも作戦の一環として撤退したように伝えられていたが、本当は勝ち目がないことを見込んで「退却」しただけ。世に蔓延る報道を、新聞記者の鉄男は疑っている様子だ。もしも、善と信じて行なっていることが間違っていたら。生み出した音楽が、人を間違った方向に進めているのだとしたら……。裕一は自分の行動を正当化するように、鉄男の言葉を否定する。