『鵞鳥湖の夜』でフィルムノワールを再構造 ディアオ・イーナン監督に聞く演出の裏側
「武漢は未曾有の事態から立ち上がろうとしている」
ーー前作は切断された死体から物語が展開されていきましたが、今作でも冒頭に非常にインパクトのある切断シーンが登場します。この繋がりは監督の中で何か意識的なものがあるのでしょうか?
イーナン:これは全く意識していません。昔なら私はこのような残酷な画面を回避していましたが、世界の残酷さと儚さを直接表現することは恐怖心があるからこそであり、暴力と死を描く姿勢でそれを超越しようと近づき、遊び感覚でかみしめているのです。
ーーリャオ・ファンとグイ・ルンメイは前作に引き続きの出演となります。2人が今作で演じたキャラクターの関係性は結果的に前作とも繋がる部分がありましたが、特にアイアイを演じたグイ・ルンメイの演技には引き込まれました。
イーナン:リャオ・ファンとグイ・ルンメイはともにインテリジェンスに富む素質のある役者だと思います。二人とも知識が豊かで、脚本を飲み込むのも早かったので、現場では通常指導やキャラクター分析を多くやりませんでした。もちろん今回、グイ・ルンメイは戸惑いつつも必死に頑張ってくれました。撮影時は慣れない気候と風土のうえ、暑さで悪くなった弁当を食べて、急性腸炎になってしまった。体調以外にもひどいやけどを経験したこともありました。すべては想像しがたい経験ですし、まして彼女はこの映画のために7〜8カ月家を離れ、その間一度も帰っていないのです。もちろん演技の問題もありました。今回は彼女がいままで経験した役と大きく異なっていて、時には私も正確に説明することができないこともあり、ただ彼女がカメラの前でもがいているのを見ていました。しかし最後には、体を張った演技で役を全うしてくれました。生活と同じく、苦痛は人の感覚を麻痺させるほど危険で、人は思考する余裕がなくなり、ためらいは人をあやふやにし、神秘的で測り難いものにします。彼女はよくこういった不安定性を表現しました。
ーー前作は1999年から2004年、そして今作は2012年が舞台になっています。日々変わりゆく中国において、この時代設定にしたのは何か理由があるのでしょうか?
イーナン:2012年を選んだのは、あるニュースがあったからです。中国各地の泥棒が南方のある町に集まって、ホテルの一部を貸し切って、会議を開き、窃盗の講習会を開いていました。縄張りを設けたり、窃盗コンテストをやったりしましたが、やはり彼らは最後には捕まっていきました。これは2012年に起きたことで、それ以降、バイクにだんだん値打ちがつかなくなったこともあり、危険を冒してまで窃盗する価値がなくなりました。もし近年を舞台にしたら、集団でバイクを窃盗するのはリアルさを失ってしまうので、いっそのことニュースの発生する年を映画の設定にしました。
ーー本作は湖北省武漢市を中心に撮影されています。撮影時の武漢の様子、また現在の武漢を取り巻く状況について、あなたの思いを教えてください。
イーナン:もともと広州で撮影する予定だったのですが、広州には映画に必要となる湖がないので武漢にやってきました。武漢は中国では“百湖の城”と言われていて、市街の至る所に大小さまざまな湖があり、とても美しいのです。単に面積のことを言うなら、武漢が世界トップ3の都市に入れると思います。市街区域のスケールが巨大で、近代的なところと取り残されたところが共存し、高層ビルを見ることができますし、映画に出てくる城中村を見ることもできます。豊富な社会的空間が広がっているので、特にこの映画の印象に合いました。新型コロナウイルスが発生してから私はまだ武漢に行っていないので、いまの武漢の情報はすべてメディアの報道によるものですが、武漢はこの未曾有の事態から立ち上がろうとしていると私は感じます。
■公開情報
『鵞鳥湖の夜』
新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町&渋谷ほかにて公開中
監督・脚本:ディアオ・イーナン
出演:フー・ゴー、グイ・ルンメイ、リャオ・ファン、レジーナ・ワン
撮影:トン・ジンソン
照明:ウォン・チーミン
美術:リュウ・チアン
配給:ブロードメディア・スタジオ
2019年/中国・フランス合作/111分/ビスタサイズ/英題:The Wild Goose Lake(原題:南方車站的聚会)/PG-12
(c)2019 HE LI CHEN GUANG INTERNATIONAL CULTURE MEDIA CO.,LTD.,GREEN RAY FILMS(SHANGHAI)CO.,LTD.,
公式サイト:https://wildgoose-movie.com