『エール』小南満佑子、二階堂ふみの“最高のライバル”に 『ガラスの仮面』亜弓と重なる努力家像
これは勝手な推測だが、千鶴子を演じるにあたり、小南の中には役に対する強い共感の気持ちがあったのではないだろうか。幼いころから多くの賞を獲得し、10代で『レミゼ』に出演。その後のキャリアも順調で、端から見たら「恵まれた才能」の持ち主ではあるが、この世界、努力をなくしては光の中には立てない。千鶴子を演じる小南の目の奥にはそんな覚悟が見えるのだ。
ヴィオレッタ役の最終審査を前に、千鶴子は音に「わたしは子どもの頃から音楽のためにすべてを犠牲にしてきたの。あなたは音楽も家庭も恋愛も友達もなんでも欲しがって手を伸ばす。そんな強欲な人にわたしは負けるわけにはいかないの」と言い放つ。これはずっと孤独に戦ってきた千鶴子の心の叫びである。
少女の頃、教会で歌う環の姿を見て音楽の世界に憧れ「楽しい、好き」でここまできた音に、まだ千鶴子の叫びは届かない。「わたしだって必死だよ」と困ったような顔で返すのみだ。『ガラスの仮面』北島マヤは、幾多の挫折を経て姫川亜弓を“ライバル”とはっきり認識してから感性、感覚メインの演技から脱却し、技術を意識するようになった。音はどうだろうか。
千鶴子は宣戦布告ともとれる言葉を音にぶつける。「わたしはわたしのすべてを賭けてヴィオレッタを勝ち取ってみせるから」。これは彼女にとって、単に記念公演の主役をかけた選考会ではなく、これまで自分が歩んできた道やその価値観が正しかったと自認する戦いなのだ。
音は可愛い。明るくてすぐに誰とでも心を通わせられる魅力的なパーソナリティの持ち主でもある。が、彼女は人の前でなにかを表現することに対してまだ挫折を知らない。
だからこそ、ヴィオレッタは千鶴子に演じてほしいと願う。努力の時間が長かった人こそ報われてほしいし、ここで音が挫折を経験することは、彼女が音楽の道で新たな一歩を踏み出すきっかけになると思うからだ。
ライバルの存在でヒロインは成長する。まさに音にとって、千鶴子は最高のライバルである。
■上村由紀子
ドラマコラムニスト×演劇ライター。芸術系の大学を卒業後、FMラジオDJ、リポーター、TVナレーター等を経てライターに。TBS『マツコの知らない世界』(劇場の世界案内人)、『アカデミーナイトG』、テレビ東京『よじごじDays』、TBSラジオ『サキドリ!感激シアター』(舞台コメンテーター)等、メディア出演も多数。雑誌、Web媒体で俳優、クリエイターへのインタビュー取材を担当しながら、文春オンライン、産経デジタル等でエンタメ考察のコラムを連載中。ハワイ、沖縄、博多大吉が好き。Twitter:@makigami_p
■放送情報
連続テレビ小説『エール』
2020年3月30日(月)〜9月26日(土) (予定)
総合:午前8:00〜8:15、(再放送)12:45〜13:00
BSプレミアム・BS4K:7:30〜7:45、(再放送)11:00〜11:15
※土曜は1週間を振り返り
出演:窪田正孝、二階堂ふみ、薬師丸ひろ子、菊池桃子、光石研、中村蒼、山崎育三郎、森山直太朗、佐久本宝、松井玲奈、森七菜、柴咲コウ、風間杜夫、唐沢寿明ほか
制作統括:土屋勝裕
プロデューサー:小西千栄子、小林泰子、土居美希
演出:吉田照幸、松園武大ほか
写真提供=NHK
公式サイト:https://www.nhk.or.jp/yell/