話題沸騰の“ゲテモノドキュメンタリー” 『タイガーキング』を生んだアメリカ発ゴシップ文化とは?

『タイガーキング』を生んだ米発ゴシップ文化

『イカロス』
『アメリカン・ファクトリー』
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『イカロス』
『アメリカン・ファクトリー』
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 Netflixのカテゴリー分けでドキュメンタリーはUnscripted(脚本なし作品)に属する。そこにはいくつかのジャンルがある。まず、前述の『イカロス』やオバマ前大統領夫妻の制作会社と組み配信した『アメリカン・ファクトリー』(第93回アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞受賞)、2016年の大統領選におけるケンブリッジ・アナリティカ社の情報操作を追った『グレート・ハック:SNS史上最悪のスキャンダル』(2019年)など、社会で起きている事象を映像化していくアカデミー賞好みの知能文化指数高めの作品群。食文化や生活様式、生き方などを描き気軽に見られるのに少しだけ気分が高揚するリアリティTV作品群には、日本から配信中の『テラスハウス』や近藤麻理恵氏のお片づけ手法をアメリカ人家庭に浸透させた『KonMari〜人生がときめく片づけの魔法~』、各方面のスペシャリストであるゲイ5人衆が人生を肯定する『クィア・アイ』など人気シリーズが多い。テイラー・スウィフト、ビヨンセ、宇多田ヒカル、星野源、嵐といった人気アーティストのドキュメンタリーでは、スターパワーをより多くの視聴者に向けて顕在化させる。そしてNetflixが映像業界の革命児たる所以でもあるのが、『タイガーキング』に代表されるゲテモノドキュメンタリーの発掘だ。周囲にいたらかなり迷惑だが、一歩ひいたところから見てる分にはおもしろい登場人物たちの言動は視聴者の思考をフリーズさせ、下世話な興味を掻き立てる。

『タイガーキング:ブリーダーは虎より強者⁈』

 米CBSテレビが30年間放送している長寿番組に、『インサイド・エディション』というニュースドキュメンタリー番組がある。日本でも一時期放送されていたので覚えている人もいるかもしれない。タブロイド紙的なゴシップニュースを多く扱い、アメリカ各地に生息するお騒がせ一般人の事件・事故をリポートする。古くはジョンベネちゃん殺害事件や、映画にもなったトーニャ・ハーディングのライバル選手襲撃事件、体外受精で8つ子を同時出産した“オクトマム”など、ゴシップ誌の表紙級スターを排出している。ちなみに80年代〜90年代に司会を務めたビル・オライリーは、2017年にセクハラ疑惑で自らが『インサイド・エディション』のネタになってしまった。『タイガーキング』はまさにその『インサイド・エディション』的ゴシップ興味を凌駕した作品で、ジョー・エキゾチックもキャロル・バスキンも、彼らを取り巻くユニークな仲間たちも、高視聴率を叩き出す人気ゴシップスターの風格を持つ。驚くべきか必然なのか、ドキュメンタリー内に登場するジョーのリアリティTVのプロデューサーは、元『インサイド・エディション』のリポーターだったという(参考:Joe Exotic's Ex-Producer Rick Kirkham Says 'Tiger King' Was 'Wrong' For Making Viewers 'Feel Sorry for Joe' | Inside Edition)。

『FYRE:夢に終わった史上最高のパーティー』
『FYRE:夢に終わった史上最高のパーティー』
『猫イジメに断固NO!:虐待動画の犯人を追え!』
『ビクラムの正体:ヨガ、教祖、プレデター』
『ザ・ジレンマ:もうガマンできない?!』
『ザ・ジレンマ:もうガマンできない?!』
『ラブ・イズ・ブラインド〜外見なんて関係ない⁈〜』
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『FYRE:夢に終わった史上最高のパーティー』
『FYRE:夢に終わった史上最高のパーティー』
『猫イジメに断固NO!:虐待動画の犯人を追え!』
『ビクラムの正体:ヨガ、教祖、プレデター』
『ザ・ジレンマ:もうガマンできない?!』
『ザ・ジレンマ:もうガマンできない?!』
『ラブ・イズ・ブラインド〜外見なんて関係ない⁈〜』
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 中高年向けの『インサイド・エディション』をNetflixの視聴者層に向けてブラッシュアップしたのが『タイガーキング』であり、『タイガーキング』と同じプロデューサーによる『FYRE:夢に終わった史上最高のパーティー』、そして『猫イジメに断固NO!:虐待動画の犯人を追え!』、『ビクラムの正体:ヨガ、教祖、プレデター』など、このジャンルにはホームラン級のヒット作が多い。これらのタブロイド紙的興味がリアリティTVの世界では、『ザ・ジレンマ:もうガマンできない?!』や『ラブ・イズ・ブラインド〜外見なんて関係ない?!〜』『5ファースト・デート』『バック・ウィズ・エックス:元サヤに戻ってみる?』などの人気作品と繋がれていく。これらのアメリカンなタブロイド紙的ドキュメンタリーが世界中でも人気を博すのはNetflixの功罪か、それとも映像エンターテインメントに満ちた世界で人々がさらなる刺激を求めるようになったからなのか……。

 Netflixのドキュメンタリー黄金時代を築いたのは、現在インディペンデント作品&ドキュメンタリー部門の副社長を務める日系2世のリサ・ニシムラ。サンフランシスコ出身で音楽業界出身のニシムラは2007年にNetflixに入社し、それまでのDVDレンタル事業から配信事業へ移行、さらには自社で世界配給網を持つ映画スタジオへと舵を切った日々を最高コンテンツ責任者のテッド・サランドスの右腕として活躍してきた。『タイガーキング』の大ヒットについて、ウォール・ストリート・ジャーナル紙のインタビューでこう答えている。

「(ヒットの理由を)完全に解明することはできないでしょうね。直感と本能を働かせたというか……最初に『タイガーキング』についてのプレゼンを聞いた時、『殺人者への道』を彷彿とさせる要素を感じました。作り手たちは長い時間をかけて被写体を追っていて、シネマ・ヴェリテ(撮影者の存在を感じさせる映像手法)のような一人称の視点を持った映像フッテージをたくさん撮っていました。(中略)私たちは、特別センセーショナルな作品を求めているわけではないんです。それが司法制度の問題を告発するものだろうが、自分が何者であるかを世界に誇示しようとしている者についてであろうが、作り手が題材を選び追い求める作品は、とても個人的でセンシティブな作品であると言えます」(引用:Meet the Woman Who Made Netflix’s ‘Tiger King’ Must-See Quarantine TV - WSJ

『タイガーキング:ブリーダーは虎より強者⁈』

 一方、『タイガーキング』の監督であるエリック・グッドとレベッカ・チャイクリンは、「このプロジェクトが恵まれていたのは、自分自身の姿を撮影することに取り憑かれた人間が被写体だったこと。登場する人たち全てに共通していたのは“ナルシズム”で、全員がいつでもカメラに映りたがっていた。ドキュメンタリー作家にとって、夢のような状況だよ」と語っている(引用:Tiger King Directors Share How They Made The Netflix Show — Interview | IndieWire)。そして、監督たちに寄せられたシリーズの評価について最も好意的だったのは、ほかでもない獄中のジョー・エキゾチックからの電話だったそうだ。「刑務所の看守たちがジョーのことをロックスターのように扱い、彼の名前と顔がサンセット大通りのビルボード広告になっている事実に、死ぬほど興奮していた。誰が注目を浴びるようになるかは予想外のことがある。今、ジョーは波に乗っていると言えるね」。コロナ禍まで味方につけ自己顕示欲を爆発させるジョー・エキゾチックの出現は、ある意味必然だったのかもしれない。

■平井伊都子
ロサンゼルス在住映画ライター。在ロサンゼルス総領事館にて3年間の任期付外交官を経て、映画業界に復帰。

■配信情報
『タイガーキング:ブリーダーは虎より強者⁈』
Netflixにて独占配信中

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