『スカーレット』は“幸せの探し方”を教えてくれた 苦しみの中に光るひとすじの灯火

『スカーレット』が示した「幸福論」

 こうしてふりかえってみると、『スカーレット』は喜美子が内面における「真の自立」を果たすまでの物語という見方もできる。これまで朝ドラではヒロインが何かを志し経済的自立・社会的自立を成し遂げていく姿が描かれてきたが、ここまで主人公の「精神的自立」に踏み込んだ作品は他に類を見ないのではないか。真の幸せは精神的自立の先にこそある。喜美子はこうして最終的に本当の「自由」を手に入れた。

 この物語は「幸せとは相対的にあらず絶対的なものである」という示唆に満ちていた。穴窯を続ける決意とともに八郎の手を離すとき、苦しみの真っ只中にありながら喜美子は、陶芸という一生の仕事に出会えて「幸せです」と言った。武志が初めて自分の作品を世に出すとき「誰からも評価されなかったら」と不安を漏らすと、喜美子は「自分だけは味方や」と教えた。武志は余命宣告を受けてもなお、病気は自分のほんの一部であり「俺は俺」「幸せや」と言った。私の幸せは私が決めるのだ。

 喜美子のように道を極める者だけでなく、普通に生活する普通の人々の人生にも光があてられた。家業の跡取り娘としての役割を全うし、子供や孫に囲まれ家庭菜園に勤しむ照子(大島優子)。地元に根をおろし信楽の町おこしに奔走し続ける信作(林遣都)。「子供らの世話して、お義父さん・お義母さんとサニーやって、お母さんコーラスをやる」ことが幸せだと言い切った百合子(福田麻由子)。その手を離してから気づいた大事な存在・鮫島(正門良規)を探しにいった直子(桜庭ななみ)。それぞれに「私の幸せは私が決める」姿があった。そして八郎は、自分だけの新たな陶芸を求めて長崎へと旅立つ。穏やかな日差しのなか、縁側でみかんを食べながら語り合う八郎と喜美子のあいだには「依存」ではなく、互いに精神的に自立しながら「共存」する姿があった。

 多かれ少なかれ、人生は苦難の連続である。そのなかでどう生きるか。何があっても「うちが自分で決めた道」とし、「楽しいこと考えよな」を信条としてきた喜美子の生き様から学べることは、苦しみを耐え忍んだり押し殺すのではなく、「発想を変える」ということではないだろうか。喜美子の芸術の羅針盤となったジョージ富士川(西川貴教)による絵本『TODAY is』の白い片ページに武志が書き込んだ言葉には、自分の人生も幸せも自分でデザインできるというメッセージがあった。画面の向こう側から「だからあなたも大事なものを大事にせえ。ほんで、あなたの幸せはあなたが決めぇ」と言われた気がした。

 そんな幸せの探し方を教えてくれた『スカーレット』は、喜美子を生ききった戸田恵梨香が最後に願ったとおり、間違いなく「10年後も20年後も」私たちの心に残っていることだろう。そして今日も、この先もずっと、信楽の彼らは物語のなかで生き続けている。

■佐野華英
ライター/編集者/タンブリング・ダイス代表。エンタメ全般。『ぼくらが愛した「カーネーション」』(高文研)、『連続テレビ小説読本』(洋泉社)など、朝ドラ関連の本も多く手がける。

■放送情報
NHK連続テレビ小説『スカーレット』総集編
総合:5月5日(火)前編15:05〜15:28 後編16:28〜17:56
BSプレミアム:5月7日(木)前編 9:00〜10:28
BSプレミアム:5月8日(金)後編 9:00〜10:28
出演:戸田恵梨香、富田靖子、大島優子、林遣都、松下洸平、黒島結菜、伊藤健太郎、福田麻由子、マギー、財前直見ほか
脚本:水橋文美江
制作統括:内田ゆき
プロデューサー:長谷知記、葛西勇也
演出:中島由貴、佐藤譲、鈴木航ほか
写真提供=NHK
公式サイト:https://www.nhk.or.jp/scarlet/

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