『映像研には手を出すな!』の美術における“日常”と“日本” アニメの世界は新たなフェーズへ?

『映像研』の美術における“日常”と“日本”

異能者たちの住む日常世界

 浅草みどりは魔法使いでも超能力者でもないが、日常の中にファンタジーを見出すことのできる一種の“異能者”である。彼女は、森見登美彦原作/石田祐康監督の『ペンギン・ハイウェイ』(2018年)に登場するアオヤマ君と同族なのだ。アオヤマ君は父の「世界の果ては折りたたまれて,世界の内部にもぐりこんでいる」という言葉を信じ、常に日常の中に「世界の果て」を求めるべく冒険している。物語を“遠さ”の中ではなく、“近さ”の中に求める彼ら/彼女らには,もはや異世界の類は必要ない。日常的な風景がそこにあれば、すでに冒険は始まっているのだ。

 『映像研』において、この日常が現代日本の風景の相似形であることには大きな意味があると僕は考える。もちろんそれは、僕ら日本人にとって馴染みの深い世界であり、僕らがよく知っている風景の中を、まるでファンタジーのように主人公たちが冒険することにこの作品の醍醐味がある。しかしそれだけではない。先述したように、『映像研』は“ご当地アニメ”ではないが故に、そこに描かれる風景は実際のアドレスを持たない、いわばカッコ付きの“日本”の風景だ。それはもはや、日本に住む日本人だけが特権的に占有するナショナリスティックなトポスではない。この“日本”的なるものの“無国籍性”によって、海外のファンも自由に冒険を読み込むことが可能になっていると言えるかもしれない。ちなみに海外の日本アニメファンが利用するデータベースサイト「MyAnimeList」のレーティングで『映像研』10点満点中8点以上のスコアを出しており、本作が海外でも評価を受けていることを示しているが、その理由の一端が、こうした“日本”的なものの描き方にあると言えるかもしれない。

共有される“日本”的日常

 実は,先ほどの美峰の美術制作に関しては大変面白い事実がある。この会社は現在、ベトナムに制作拠点をおいており、多くの作品をベトナム人スタッフが手掛けている。先述した『月刊ニュータイプ』のインタビューで野村は次のように語っている。

「当初は普通の街中をお願いしても、どうしてもアジアっぽい木々が生えていたり、道路の白線が全然違ったりしていたんです。でも今は日本のアニメが好きなスタッフもいますし、かなり場数を踏んできたので、Skypeでの打ち合わせも背景用語で全部話が通じるようになっています」(『月刊ニュータイプ』上掲号,p.85)

 こうした美峰の制作現場からは、“日本”的な風景をベトナム人スタッフがすでに理解し共有しているという興味深い事実が窺えるのである。

 これと似たようなことは、先日日本でも上映され話題となった中国のアニメ映画『羅小黒戦記』(2019年)においても見られる。監督のMTJJは熱心な日本のアニメファンであり、主人公・小黒のデザインや表情の付け方に、日本アニメに頻出する“かわいい”の表現コードが意識的に使われている。しかしそれはすでに単なる模倣の域を超えており、MTJJは日本的な“かわいい”のコードをほぼ完全に自家薬籠中の物として使いこなしていると言える。ある文化の中で生まれた表現のコードは、それが強い表現力を持っていればいるほど、易々と国境を越え、多様な文化の中に根付いていくものなのだ。

 ひょっとしたらアニメの世界は、“日本らしさを日本人が守る”というような偏狭なナショナリズムではなく、より広い文化制作圏の中で“日本”的なものを共有し、守っていくというフェーズに移行しつつあるのかもしれない。“日本”的なものを愛好し、守る人々が世界中にいさえすれば、それは時代とともに変質することはあっても、霧散してしまうことはないだろう。僕らがこれから守るべきは、そうした意味での“日本”なのかもしれない。『映像研』の美術が示した日常風景は、こうした“日本”の1つだ。

 次回はいよいよ最終話だ。是非ともエンドクレジットに目を留め、素晴らしい作品の制作に携わってくれた国内外のスタッフに称賛の拍手を贈ろうではないか。

■原嶋修司
アニメを愛し、アニメについて語ることを愛するアニメブロガー。予備校講師。作品評や関連書籍のレビューを中心とするブログ『アニ録ブログ』を運営。Twitter: @alter_Ego_3_02

■放送情報
TVアニメ『映像研には手を出すな!』
NHK総合にて、毎週日曜深夜24:10〜
原作:大童澄瞳(小学館『月刊!スピリッツ』連載中)
監督:湯浅政明
声の出演:伊藤沙莉、田村睦心、松岡美里ほか
キャラクターデザイン:浅野直之
音楽:オオルタイチ
アニメーション制作:サイエンスSARU
(c)2020 大童澄瞳・小学館/「映像研」製作委員会
公式サイト:eizouken-anime.com
公式Twitter:@Eizouken_anime

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