香港映画の新たな傑作! アンソニー・ウォン主演『淪落の人』が実直に語る、明るいメッセージ
まだ人間であるチョンウィンは、完全に自分の人生を捨てることはできないし、エヴリンにも手を差し伸べようとする。エヴリンも同様にチョンウィンを見捨てることができない。2人は時にケンカして、時に笑い合って、少しずつ絆を深めながら人生の希望を見出していく。ここがポイントだ。仲良くなったり、ケンカしたり――つまり2人の関係性には度々「巻き戻り」が起きる。関係性や成長をリセットする物語上の巻き戻りは、フィクションではストレスとして敬遠されがちだ。しかし、全てのドラマが上手く繋がっている脚本と、穏やかな演出、何より香港が誇るベテラン俳優アンソニー・ウォンと、新進気鋭の女優クリセル・コンサンジの掛け合いが、本来なら煩わしくなる物語上の巻き戻りすら愛おしいものにしている。また、2人の間に恋愛感情を匂わせるようなシーンもあるものの、あくまで“人生の相棒”的な域を出ない。このバランス感覚も好印象だ。ちなみに、監督のオリヴァー・チャンは本作の着想について、こんなふうに語っている。
(中略)数年前のある日、家の近所である光景を見ました。フィリピン人女性が車椅子の後ろに乗り、車椅子には中年男性が座っている。彼らが路上を走り去っていく時、彼女の長い黒髪は風になびいていた。2人とも微笑みを浮かべ、若干の甘い雰囲気すら漂わせている。私はとっさに「それはマズいでしょう」と思いました。でも考えてみれば、本当に“マズい”のは私のこうした考え方のほう。背景や文化がまったく異なる見知らぬ2人が、数奇な運命の末にめぐり合い、互いの人生の中で最も親しい人になる…それはきわめて美しいことです」(※公式サイトより引用)
この言葉に本作の全てが詰まっている。人は縁によって落ちぶれることもあるが、縁によって救われることもあるのだ。そしてどんな人間も夢を持って生きていい。本作はこうした明るいメッセージを実直に語る。四季と共に描かれる香港の風景も美しく、特に最後の季節は忘れ難い。ごくごく平凡な団地が、まるで魔法のように幻想的な光景に様変わりする。その静かな余韻の中で「自分は果たしてチョンウィンのように生きられるだろうか?」「エヴリンのように夢があるだろうか?」といった疑問と、「あの2人のように生きていこう」と憧れが浮かんでくる。静かで優しく、人生と向き合う元気をくれる、香港映画の新たな傑作だ。
■加藤よしき
昼間は会社員、夜は映画ライター。「リアルサウンド」「映画秘宝」本誌やムックに寄稿しています。最近、会社に居場所がありません。Twitter
■公開情報
『淪落の人』
2月1日(土)新宿武蔵野館ほか全国順次公開
監督:オリヴァー・チャン
出演:アンソニー・ウォン、クリセル・コンサンジ、サム・リー、セシリア・イップ、ヒミー・ウォン
配給:武蔵野エンタテインメント
2018年/香港/原題:淪落人/英題:Still Human/112分/ビスタサイズ/5.1ch/G
NO CEILING FILM PRODUCTION LIMITED (c)2018
公式サイト:http://rinraku.musashino-k.jp
公式Twitter:@musashino_ent