『スカーレット』常治は視聴者に愛された? “愛すべきダメ親父”像を全うした北村一輝

『スカーレット』常治は視聴者に愛された?

 常治の得意技といえばちゃぶ台返し。一家団欒の象徴をひっくり返す“昭和の父親”のリーサルウェポンは、第38回で、口ごたえした次女の直子(桜庭ななみ)に逆ギレしたのを手始めに事あるごとに発動。常習犯の父親に三姉妹も次第に対抗するようになる。第54回では「度重なるちゃぶ台返しを阻止しながらの家族会議の結果」、百合子の高校進学が実現。第62回では、喜美子と八郎(松下洸平)が「ちゃぶ台ひっくり返されたら一緒にかたそう」と愛を誓い合い、第64回では、ちゃぶ台返しをブロックすることで八郎と川原家の対面シーンにこぎつけた。

 不思議なのは、あれほど常治に苦労させられた川原家の人間が、誰一人として常治を恨んでいないことだ。あまりに不器用で身近にいたら絶対迷惑なのに、それでも義理人情に厚くて人間が大好きな常治を周囲は嫌いになれない。お嬢様育ちで辛酸をなめたはずのマツも、第65回で「うちはいっぺんもあんたとの人生失敗や思たことないで」と振り返る。大野家もそうで、忠信も陽子(財前直見)も常治に一目置いて力を貸していたところを見ると、常治は愛情にあふれた人物だったのだと感じる。

 憎しみを一身に浴びることもあった常治だが、八郎を川原家に迎え入れるために自宅を改装。しかし、費用を賄うために始めた長距離運送の無理がたたって体を壊してしまう。家族が常治の異変に気づいたときにはすでに手遅れだった。「おんぼろで、失敗ばかりの人生」(第65回)と卑下する常治を、周囲は「しょうもない」と笑いながら受け入れていた。死に際で親友がつくった松茸ご飯を食べて、あろうことか放屁する失態を演じた常治は、主人公が苦難の道を歩む『スカーレット』で“愛すべきダメ親父”像を打ち立てるという使命をまっとうした。

 北村一輝の名誉のために付け加えると、『あさイチ』(NHK総合)のインタビューに答えて「朝ドラに出たら、もっと印象が良くなるはずだったのに」とぼやきながらも、見事に三枚目を演じきった。最期の数日間は、明らかに減量して死相を浮かべるという迫真の役者魂を見せた。愛情と憎悪は裏返しと言われるが、クリスマスの朝に逝った常治にとって、娘たちの憎まれ口さえ愛おしいものだったに違いない。今はただ喜美子たちの前途を見守ってほしいと願うのみである。

■石河コウヘイ
エンタメライター、「じっちゃんの名にかけて」。東京辺境で音楽やドラマについての文章を書いています。ブログtwitter

■放送情報
NHK連続テレビ小説『スカーレット』
NHK総合にて、2019年9月30日(月)〜2020年3月放送予定
出演:戸田恵梨香、北村一輝、富田靖子、桜庭ななみ、福田麻由子、佐藤隆太、大島優子、林遣都、財前直見、マギー、水野美紀、溝端淳平、木本武宏、羽野晶紀、三林京子、西川貴教、松下洸平、イッセー尾形 ほか
脚本:水橋文美江
制作統括:内田ゆき
プロデューサー:長谷知記、葛西勇也
演出:中島由貴、佐藤譲、鈴木航ほか
写真提供=NHK
公式サイト:https://www.nhk.or.jp/scarlet/

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