「2019年」を舞台にしたSF名作『ブレードランナー』『AKIRA』『図書館戦争』 ディストピアは現実に?

 1964年の東京オリンピックが戦後復興の象徴だったように、再度の復興の証として2020年の2度目の開催が決定される。『AKIRA』で想像されたその未来を、東日本大震災および原発事故を経験した現実の日本は、なぞることにしたわけだ。似たパターンは『20世紀少年』にもみられた。同作では、「人類の進歩と調和」をテーマに掲げ、科学による明るい未来像を提示した1970年の大阪万博(日本万国博覧会)が物語のポイントになっていた。それは、かつての東京オリンピックとともに敗戦から高度経済成長を遂げた日本を象徴する大イベントだったのである。

 『20世紀少年』では、2000年の世界同時多発テロ以後の激動を経て、2015年の日本は再び万博の開会式を迎える。一方、現実世界では2025年に2度目の大阪万博が催されることが決定しており、『AKIRA』における2度目の東京オリンピックと同様に、現実がフィクションを追いかける展開だ。

 敗戦と復興という過去の歴史にあった失敗と成功をもとに未来を夢想し、今後の時代への不安と希望を語る。それは、未来を描いたSF作品だけでなく、現実社会の将来に向けた計画、予想でもみられる傾向なのである。

『ブレードランナー 2049』(配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント)

 1982年に公開され2019年を舞台にしていた『ブレードランナー』では、レプリカント(人造人間)を労働力として使用するほどテクノロジーが発達した社会に、猥雑でアジア的な歓楽街が同居する風景にインパクトがあった。西洋と東洋が入り混じった都市デザインは、以後の作品に大きな影響を残した。

 また、同作は、屋外巨大スクリーンに「強力わかもと」のCM映像が流れたり、街なかで日本語の聞こえる場面があることがこの国で注目された。映画が話題になった1980年代は、日本は輸出が好調で世界有数の経済大国として自信を増していた。同作の日本要素は、それの反映のように感じられたのだ。しかし、続編『ブレードランナー2049』(2017年)では西洋と東洋が混交したヴィジュアルは前作を引き継いでいたものの、日本要素より中国要素のほうが目立ち、現実世界での経済的存在感の変化が映画でも表現された形だった。架空の2019年と今の2019年を比べると、この国の後退を認識せざるをえない。

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