宮藤官九郎ドラマにおける阿部サダヲは“本音”を体現? 『いだてん』と過去作から探る

クドカンドラマにおける阿部サダヲ

 一方、大人計画・主宰の松尾スズキは阿部について、こう語っている。

 「いずれにしても『何にもない』んですよ、あいつには。奥底には何かはあるんだろうけど、それを出すような人じゃないから。言ってみれば、ザ・俳優ですよ。藤山寛美さんとか、ああいう昔の喜劇人ですよ」(著・松尾スズキ、聞き書き・北井亮「大人計画ができるまで」太田出版) 

 確かに阿部サダヲには昭和の喜劇人の匂いがする。個人的には全盛期の植木等と渥美清とトニー谷を足して3で割ったような怪優だと思っているのだが、何より、勘と身体性だけであらゆる演技をこなしてしまう暴力的なまでの虚無感にいつも圧倒される。

 そんな阿部のヤバさが、もっとも出ているのは宮藤の脚本を日本テレビの水田伸生が監督した映画『舞妓Haaaan!!!』『なくもんか』『謝罪の王様』の三作だろう。

 三作とも阿部が主演を務めており、さながら阿部サダヲ三部作とでも言うべきコメディ映画なのだが、『木更津キャッツアイ』等の磯山晶プロデュースによるクドカンドラマがしっかりとテーマのあるドラマに仕上がっているのに対して、もっとノリと勢いで突破していこうという暴力的な迫力が、この三本にはある。

 その勢いを作り出しているのは、言うまでもなく阿部の身体性だが、物語よりも笑いに特化している分だけ、どこか空虚で、楽しいクドカンドラマの裏側にある「この人、何も信じてないんだろうなぁ」というダークサイドが露呈している。

 思うに、宮藤が阿部を使う場合、普段は抑制している本音と悪意がかなり乗っかってしまうのではないかと思う。

 現在放送中の大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺(はなし)~』(NHK総合)で阿部が演じている政治記者で水泳指導者の田畑政治にもそれは当てはまる。

 『いだてん』は第1部で「日本のマラソンの父」と言われた金栗四三(中村勘九郎)たちが日本人としてはじめてオリンピックに挑む姿を描き、現在放送されている第2部では田畑が主人公となっている。その際に面白いのは、第1部で描かれた日本人のオリンピックへ向かう苦難の歩みを、合理主義者の田畑が猛スピードで乗り越えていくところだ。田畑は金栗たちが築き上げてきたスポーツに対する思いを「とにかく勝たなきゃ意味がない」とばかりに踏み散らかしていく。もちろん彼にもスポーツを愛する気持ちや、選手に対する深い愛情はあるのだが、見ていてどうにも不穏で居心地の悪い気持ちになっていくのは、戦時下へと向かっている日本と田畑の姿が重なるからだろう。

 つまり、クドカンドラマにおける阿部サダヲとは“日本”そのものなのだ。

■成馬零一
76年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)がある。

■放送情報
『いだてん~東京オリムピック噺(ばなし)~』
[NHK総合]毎週日曜20:00~20:45
[NHK BSプレミアム]毎週日曜18:00~18:45
[NHK BS4K]毎週日曜9:00~9:45
作:宮藤官九郎
音楽:大友良英
題字:横尾忠則
噺(はなし):ビートたけし
出演:阿部サダヲ、中村勘九郎/綾瀬はるか、麻生久美子、桐谷健太、斎藤工、林遣都/森山未來、神木隆之介、夏帆/リリー・フランキー、薬師丸ひろ子、役所広司
写真提供=NHK
公式サイト:https://www.nhk.or.jp/idaten/r/

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