井浦新が語る、『なつぞら』に込められたメッセージ 「物語を通して多くの人を勇気づけられたら」
なつの夢に向かう姿は人間本来の姿
ーーなつにとっては仲さんが最初から現在までずっと一番の頼れる存在なんだと感じます。仲さんにとってはなつはどんな存在なのでしょうか。
井浦:先程言ったこととも重なりますが、なっちゃんの情熱にかつての自分の姿を重ね合わせていると思います。なっちゃんは東洋動画という会社の中でアニメーターとしての第1歩を踏み出していきました。そして、神地(染谷将太)くんや坂場(中川大志)くんがそこに加わってきた。彼らは東洋動画のアニメーション作りのシステムが整備されたところからキャリアをスタートさせています。まだすべてが手探りだった仲や井戸原(小手伸也)さんとは環境が違うわけです。仲は、新しい才能を持ったなっちゃんたちに自分ではなし得ない夢を見ているのかなとも思います。だから、若者たちにとっての高い壁であり続けないとも思っているし、困ったときには手を差し伸べたいとも思っているんじゃないかと。なっちゃんと初めて出会ったとき、直感的にアニメーションの未来を背負っていく存在だと感じたのかもしれませんね。
ーー「東洋動画」という名称にも表れていますが、本作は日本アニメーションの歴史をなぞるような物語となっています。仲さんのような先駆者もいたかと思うのですが、実在した方々の歩みを演じるにあたって何か思うところはありましたか。
井浦:本作にも登場した『白蛇姫』は前に観ていたんです。そのときは古い時代のアニメーションだけど、動きに味があっていいな、という感覚ぐらいで。でも、実際にその制作過程を本作を通して追体験して、こんなに人が関わって、こんなに手間がかかっていたんだと驚愕しました。
1枚1枚原画を描いて、動画班が動かして、原画が何万枚、動画が何十万枚となっていく。そして、そのすべてに手作業で彩色をしていく。本当に気が遠くなる作業です。今はタブレットひとつあれば、簡単にアニメーションを作ることができます。でも、今生まれているアニメーションも、この時代にアニメーションを作り続けた方たちがいたからこそです。それを頭で理解するというよりも、演じることによって肌で感じることができたのは本当に良かったと思っています。
ーーなつが北海道の柴田家で開拓精神を学んだように、『なつぞら』から明日に向かう勇気をもらっている視聴者も非常に多いです。
井浦:いろんなものが便利になって、生活も趣味も仕事も、目的へ到達してく過程はシンプルな社会になりました。もちろん、それはいいことだと思います。ただ、『なつぞら』で描いている時代にあって、現在は失われてしまったものがたくさんあります。戦争によって理不尽に命を奪われ、離れ離れになってしまった家族がこの時代にはたくさんいました。だからこそ、人と人が明日を生きるために繋がり合っていた。なっちゃんのような戦災孤児の気持ちを、僕も含めて現在を生きる人はなかなか知ることはできないと思いますし、今後も体験するようなことがあってはいけません。でも、現代を生きる僕たちが知ることのできない思いを「物語」は教えてくれます。なっちゃんをはじめ、『なつぞら』の登場人物たちはみんな夢に向かって生きています。どんなに社会が不安になっても、どんなに大変な状況でも、諦めないで自分の夢に向かって突き進む姿、自分自身と戦う姿が、皆さんの勇気になっているのかもしれません。
ーー「夢を持つこと」を恥ずかしいと思ったり、頑張る姿に気後れを感じる人もいます。日本社会がかつてのような活力を失いつつあるいま、『なつぞら』のメッセージはどのように届くでしょうか。
井浦:『なつぞら』のなっちゃんの行動に共感しづらいというのは、まさに、今の日本社会を表しているのかなと思います。仕事がない、お金がない、生活に余裕がない、でも、どんなに辛い状況でも夢は誰でも持てるものですし、持っていいと思うんです。そこに向かって突き進む情熱さえあれば、時間がかかっても何度踏み潰されても、夢を持ち続けていくことはできるし、その方が強く生きられる。だから、僕はなっちゃんの行動は人間本来の素直な表現なんじゃないかと思っています。家族を思い、ひたむきに夢に向かって突き進むなっちゃんを観て、「自分は間違ってなかった」と思う人だって沢山いると思うんです。なっちゃんの姿、この物語を通して、多くの人を勇気づけることができたらいいなと思います。
(取材・文=石井達也/写真=藤本孝之)
■放送情報
連続テレビ小説『なつぞら』
4月1日(月)〜全156回
作:大森寿美男
語り:内村光良
出演:広瀬すず、松嶋菜々子、藤木直人/岡田将生、吉沢亮、清原翔/安田顕、音尾琢真/小林綾子、高畑淳子、草刈正雄ほか
制作統括:磯智明、福岡利武
演出:木村隆文、田中正、渡辺哲也ほか
写真提供=NHK
公式サイト:https://www.nhk.or.jp/natsuzora/