ギリギリのところで生きる、向井理と田中麗奈 舞台『美しく青く』が描く人々の営み

 誰もがみな、ギリギリのところで踏みとどまって生きているーー。Bunkamura シアターコクーンにて、舞台『美しく青く』を観てまず思ったことである。劇団「THE SHAMPOO HAT」の赤堀雅秋が作・演出を務め、向井理を主演に迎えた本作は、ある特殊な環境下に置かれた市井の人々に視点をさだめ、それぞれの心に巣食う「何か」を見つめた作品だ。

 人々が暮らすのは、波の音とセミの声が穏やかに響く町。だがこの町は、かつて大きな災害に見舞われているようだ。そして8年の時を経た現在、また大きな問題が生じている。凶暴化した野生の猿が、人々の生活を脅かしているのだ。そこで青木保(向井)ら町の男たちは、自警団を結成し、猿との攻防を日々繰り返している。

 主演の向井が演じるのは、自警団のリーダー的存在。自分たちの生活を守るため、ときに多少過激な言動をも放つが男だが、活動の後には夜な夜な仲間たちと打ち上げをし、現在の生活に甘んじているようにも見える。おさな顔と、つねにそこに浮かぶ微笑が印象的な向井の表層的な魅力は今作でも活きており、目の前にある現実を、どこかはぐらかしているような印象をも与える。そして、彼が誰かと交わす言葉にはさまざまな色があるが、それは、今のこの日常を変えたいという切実な叫びでありながら、問題の核心からは目をそらし、ただ日々を漂っていようという態度の表れでもあるように思う。自身の中に抱えるある秘密、日常への対峙と逃避を、向井は静かに示し、キャラクターに奥深さを生み出している。

 本作のヒロインを演じているのは田中麗奈だ。彼女が扮する保の妻・直子もまた、いくつもの不満を抱えながら日々を過ごしている。彼女から見れば夫たちの自警団はまるでサークル活動のようだし、重度の認知症を患う母(銀粉蝶)の面倒をみるのも限界だ。本作は演出上、たびたび演者が客席を歩いて回る。この演出の一番の狙いは、舞台上の大きなセットをガラリと転換させている間、観客の視線をその舞台から外させることにあるはずだ。そんな要請の中で“観客の日常”に近づくのは、彼ら“登場人物たちの日常”の現実感を損なう恐れもあるだろう。だが、客席をふらつく田中の表情に湛えられた焦燥感には、筆舌に尽くしがたいものがあった。

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