『きのう何食べた?』が伝えた、大切な人と共に生きていくこと 名シーンの数々を振り返る

原作の良さを活かしたドラマ制作者たちのプロフェッショナルなアレンジ

 また、ドラマづくりという視点で見ても、『きのう何食べた?』は非常に高い完成度を誇っていた。個人的に最も優れていると感じた点は、原作にリスペクトを払いつつ、ドラマにする上でどうアレンジを施せばいいのか、プロのセンスがふんだんに盛り込まれていたことだ。

 多くの人が指摘する通り、第8話で登場したテツさん(菅原大吉)の「僕が歯を食いしばって貯めた金を、田舎の両親にびた一文渡したくないんです」という台詞は、原作では目尻の垂れた穏やかな表情で、さらりと語られていた。しかし、ドラマではテツさんと両親との長年に渡る葛藤と軋轢が、言葉にしなくても伝わる渾身の一言として生まれ変わっていた。

 第10話で、自らが不貞を働いたことのある罪悪感からシロさんの浮気を疑ってしまうケンジの自己嫌悪にまみれた台詞も、原作ではもっと何気ない一コマだった。だが、ドラマでは内野聖陽の真に迫る泣きの演技で、ぎゅっと胸が締めつけられる圧巻の名場面となった。

 もちろん原作の余白を活かした淡々としたタッチも素晴らしい。でも、紙だから心地良いものと、生身の人間を通すことで伝わる感情や葛藤は違う。ここをきちんと分けて、ドラマにした制作者たちの感性は、今後の原作モノのドラマ化におけるひとつのお手本になったと思う。

 脚本・安達奈緒子による構成の妙も鮮やかだった。台詞はかなり原作に忠実だが、登場するエピソードの順番は細かく組み替えられていた。

 その配置の巧みさに唸らされたのが、最終話。メインは、シロさんがケンジを連れてお正月に実家を訪れるエピソードだ。「俺、ここで死んでもいい」とケンジが涙を流すのは原作通り。ドラマとしてはここで締め括っても十分に劇的だったと思う。

 だが、その後日談として、原作では実家訪問回の数話後に登場した、本当は苦手な女子受けのいいカフェにシロさんが同行した理由を語るエピソードを追加。さらに、そこに原作の第1話で描かれたケンジがシロさんの襟足を切るシチュエーションを融合し、ドラマオリジナルのエンディングを生み出した。

 このラストは、ドラマの第1話でお客さんに自分の話をしたケンジにシロさんが怒り、ケンカになるエピソードとの対比となっており、シロさんがまだまだ偏見の多いこの社会で、自分たちがどう見られるかを受け入れていく心境の移り変わりを表現していて見事だった。あの無音のバックハグには、お互いの体温も、シワも、白髪も、薄毛も、すべて受け入れ愛していくような優しさが溢れていて、ある人はときめき、またある人は苦しかった胸の内を吐き出すような涙を流したんじゃないかなと思う。

 まさに、素材の良さを活かしてアレンジを加える、おいしい夕食のようなドラマ化だった。いつかまた西島秀俊演じるシロさんと、内野聖陽演じるケンジに再会できる日が来るはず。そう信じて、料理が苦手な僕もちょっとは食卓にこだわろうと思う。まずはサッポロ一番からでも。

■横川良明
ライター。1983年生まれ。映像・演劇を問わずエンターテイメントを中心に広く取材・執筆。初の男性俳優インタビュー集『役者たちの現在地』が1/30より発売。Twitter:@fudge_2002

■作品情報
『きのう何食べた?』
原作:よしながふみ『きのう何食べた?』(講談社『モーニング』連載中)
主演:西島秀俊、内野聖陽、マキタスポーツ、磯村勇斗、チャンカワイ、真凛、中村ゆりか、田中美佐子、矢柴俊博、高泉淳子、志賀廣太郎、山本耕史、磯村勇斗、梶芽衣子
脚本:安達奈緒子
監督:中江和仁、野尻克己、片桐健滋
チーフプロデューサー:阿部真士(テレビ東京)
プロデューサー:松本拓(テレビ東京)、祖父江里奈(テレビ東京)、佐藤敦、瀬戸麻理子
OPテーマ:「帰り道」O.A.U(OVERGROUND ACOUSTIC UNDERGROUND)<NOFRAMES / TOY’S FACTORY>
EDテーマ:「iをyou」フレンズ<ソニー・ミュージック・レーベルズ>
制作:テレビ東京/松竹
製作著作:「きのう何食べた?」製作委員会
(c)「きのう何食べた?」製作委員会
公式サイト:https://www.tv-tokyo.co.jp/kinounanitabeta/
公式Twitter:@tx_nanitabe

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