『きのう何食べた?』が描く、生活としての恋愛と見えない壁 シロさん&ケンジが“尊い”理由

『きのう何食べた?』シロさん&ケンジが“尊い”理由

 かわって『きのう何食べた?』のシロさんとケンジの場合、恋愛=生活である。ハーゲンダッツの値段、まな板の使い方、洗い物の順番、深夜に食べるバナナケーキ……共に過ごす日常を積み重ねることで、次第にふたりの関係も深まっていく。

 生活を共にする中で恋愛モードを継続させるのはそれなりにしんどい。恋愛という行為自体がもともと非日常的なもので、言ってみれば脳内に特殊な物質が分泌されるトランス状態だからだ。

 だが、『何食べ』のシロさんとケンジは恋愛と生活とを自然な形で両立させている。一歩間違えればふたりの関係がすぐに終わってしまうと互いに理解しながら“共に食べる”ことを生活の中心に置き、日々を大切に生きる。その姿が“尊い”。

 そして、まだ社会的にはその形が100%容認されてはいないふたりの関係に深く絡んでくるのが家族……特に親とのアレコレである。ドラマにたびたび登場する史朗の両親、特に母・久栄(梶芽衣子)は手ごわい相手だ。

 久栄の手ごわさはゲイである史朗を否定するのではなく「大丈夫、私は分かっている」と、違う方向に走り出してしまうこと。彼女はドラマの冒頭でシロさんに対し、電話越しにこう語る。「史朗さんが同性愛者でも犯罪者でも受け容れる覚悟はできている」と。これはダメだ。息子をかばい、受け容れているというテイで、じつは無自覚に同性愛を犯罪と同化している。その無意識による刃(やいば)は、社会が彼らに向ける刃そのものである。

 第8話でケンジの友人、テツさんこと本田鉄郎(菅原大吉)と、ヨシくんこと長島義之(正名僕蔵)が登場した際には、テツさんが訥々と「自分の両親に財産はビタ一文渡したくない」と言い切り、彼の穏やかな口調の奥に肉親との激しい葛藤が見て取れた。

 人間が生きる上での根源的行為=“食べる”ことを物語の芯に置き、ふたりの穏やかな日常と、そこに立ちはだかる見えない壁とをリアルに描く『きのう何食べた?』。確かに視聴率は3%台と高くはないが、テレビ東京の見逃し配信ページでは、同局として過去最高の再生数を誇っている。これは、視聴者がながら見をするのでなく、じっくり作品と向き合いたいという現れだろう。

 と、考察めいたことも書いてきたが、それらを抜きにしても、シロさんとケンジの食事シーンを見ると心があたたかい気持ちで満たされる。じつは『何食べ』の1番の尊さは、ふたりが食卓を囲む時の幸せオーラに満ちたあの笑顔にあるのかもしれない。

■上村由紀子
ドラマコラムニスト×演劇ライター。芸術系の大学を卒業後、FMラジオDJ、リポーター、TVナレーター等を経てライターに。TBS『マツコの知らない世界』(劇場の世界案内人)、『アカデミーナイトG』、テレビ東京『よじごじDays』、TBSラジオ『サキドリ!感激シアター』(舞台コメンテーター)等、メディア出演も多数。雑誌、Web媒体で俳優、クリエイターへのインタビュー取材を担当しながら、文春オンライン、産経デジタル等でエンタメ考察のコラムを連載中。ハワイ、沖縄、博多大吉が好き。Twitter:@makigami_p

■放送情報
『きのう何食べた?』
テレビ東京系にて、毎週金曜深夜0:12〜
※テレビ大阪は翌週月曜深夜0:12〜放送
原作:よしながふみ『きのう何食べた?』(講談社『モーニング』連載中)
主演:西島秀俊、内野聖陽、マキタスポーツ、磯村勇斗、チャンカワイ、真凛、中村ゆりか、田中美佐子、矢柴俊博、高泉淳子、志賀廣太郎、山本耕史、磯村勇斗、梶芽衣子
脚本:安達奈緒子
監督:中江和仁、野尻克己、片桐健滋
チーフプロデューサー:阿部真士(テレビ東京)
プロデューサー:松本拓(テレビ東京)、祖父江里奈(テレビ東京)、佐藤敦、瀬戸麻理子
OPテーマ:「帰り道」O.A.U(OVERGROUND ACOUSTIC UNDERGROUND)<NOFRAMES / TOY’S FACTORY>
EDテーマ:「iをyou」フレンズ<ソニー・ミュージック・レーベルズ>
制作:テレビ東京/松竹
製作著作:「きのう何食べた?」製作委員会
(c)「きのう何食べた?」製作委員会
公式サイト:https://www.tv-tokyo.co.jp/kinounanitabeta/
公式Twitter:@tx_nanitabe

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