ちっちゃな思いやりが“でっかな愛へ” 『バジュランギおじさんと、小さな迷子』が描く、越境の旅路
“ちっちゃなちっちゃな思いやりが でっかなでっかな愛となる”とは、平成中期の前半(具体的には2001年)にモーニング娘。が発表した、「でっかい宇宙に愛がある』という楽曲にあるワンフレーズである。こんな少々夢見がちでのんきなフレーズを、ふいに思い出してしまう映画が、平成の終わりに日本に届けられた。『バジュランギおじさんと、小さな迷子』だ。
見知らぬ土地で迷子になった少女の前に、ひとりのヒーローが現れるーー。彼こそ、タイトルロールともなっている“おじさん”・バジュランギ(サルマン・カーン)である。2015年にインドで製作・公開された本作は、歌に踊り、鮮やかな色彩がそこかしこに散りばめられた、あらゆる境界線を越えていく痛快な作品だ。いまこそ私たちは、このニューヒーローを温かく迎えたい。
物語のアウトラインはいたってシンプル。母とともにパキスタンからやってきた少女・シャヒーダー(ハルシャーリー・マルホートラ)が、ひょんなことから一人インドに取り残され、そこで出会ったバジュランギが彼女を故郷へと送り届けるというものだ。
しかし目の前には、いくつもの越えがたき壁がある。インドとパキスタン。そこには、宗教、歴史、文化が生んだ対立があり、それは、あらゆるところに引かれた境界線とも言い換えられるだろう。表層部では愉快なボリウッド映画の体をとっている本作だが、深層的な部分では、両国間に横たわるもろもろの事情を読み取ることができるのだ。そして何より、バジュランギとシャヒーダーは、声をともなったコミュニケーションを取ることができない。そもそも、6歳の娘がいまだに言葉を発することができないのを心配した母親が、彼女の声が出るようにとインドまで願掛けにやってきたところから本作ははじまっている。まだ幼い彼女は独りぼっちの寂しさに暮れながらも、バジュランギたちの優しさに触れ、いつも母の前で見せていた笑顔をやがて浮かべるようになっていく。
この迷子の少女のヒーローともいえるバジュランギ。彼はヒンドゥー教のハヌマーン神の熱烈な信者であり、“度を越えた”正直者である。インドからパキスタンへは、心ならずも不法入国のかたちとなるのだが、となればこれは、命を賭しての一大ミッションだ。そこでは危険な駆け引きなどが想定されるが、先述したように、彼は“度を越えた”正直者なのである。不法入国をしようとも、相手方の許可がなくてはそこから先は動かない。「ハヌマーン信者はコソコソしない」それが彼の信条なのである。W・シェイクスピアの『ハムレット』には、“正直者なんてのは、今のこの世の中じゃ一万人に一人いるかどうかだ”といったセリフが登場するが、彼の場合こんな枠組みにもおさまらないだろう。この男にさえ出会っていれば、ハムレットも父の亡霊に魅せられずにすんだのではないか、そう思えるほどである。