阿部寛主演『祈りの幕が下りる時』はシリーズの総決算に 『新参者』からの魅力を紐解く

『祈りの幕が下りる時』はシリーズの総決算に

 『新参者』を観ていて奇妙な印象を当時抱いたのは、主人公の加賀恭一郎はあくまで狂言回しであり、彼がどういう人間かは、ほとんど語られなかったことだ。物語が語られるのは人形町で暮らす人々であり、その家族の物語だった。だが、一方で加賀と因縁のあるタウン誌の記者の青山亜美(黒木メイサ)や後輩の刑事の松宮脩平(溝端淳平)とは昔からの知り合いで過去に何かあったことが暗に示されていた。おそらく原作小説や『赤い指』を読んでいる人にとっては自明のことだったのだろうが、未読の自分には謎で、本編とは関係がないと思いなんとなく通り過ぎていた。

 それがSPドラマ、映画と進んでいくうちにじわじわと加賀の過去が明らかになっていき、ついに『祈りの幕が下りる時』では、実は加賀が日本橋署に赴任して、今もここに勤務しているのが、失踪した母親と死の間際にいっしょに暮らしていた内縁の男の行方を探すためだったことが明らかになる。

 映画で加賀が捜査する、ある女性の殺人事件をめぐる物語は、ある種、『新参者』の反復となっている。『新参者』では清瀬直弘(三浦友和)と息子の弘毅(向井理)の、不在の母親を間に挟んだ父と子の確執が展開されたのだが、今回は加賀が不在の母の死の真相を探る物語となっている。

 そして「人は嘘をつく」とは、そのままフィクション(虚構)のことでもある。『祈りの幕が下りる時』のもう1人の主人公は、松嶋菜々子が演じる舞台演出家・浅居博美だ。彼女が父とたどった人生は壮絶で、生きるために嘘をつき続けた。だからこそ、彼女は舞台の上で虚構の世界を生きる女優として生きるしかなかった。もしかしたら、自分の過去を改変して生き直すために演出家に転身したのかもしれない。

 同じテーマは『眠りの森』ではバレエを通して描かれていた。『新参者』の前日譚としてスペシャルドラマとして放送された『眠りの森』は、連続ドラマ『リッチマン、プアウーマン』(フジテレビ系)等の作品で脂が乗り始めた頃の石原さとみが舞台の上でしか生きられないバレリーナの役を、迫力ある演技で見せており、刑事と犯人の間につかの間だけ生まれた悲恋劇にも見えた。

 『新参者』の重要人物だった清瀬弘毅が演劇に魅せられて家を出た劇団員だったことを考えると、虚構の世界でしか生きられない俳優、あるいは女優の生き様というのは、本作のもう一つのテーマだったのかもしれない。

 多角的に描かれる「嘘」というテーマからみても、加賀恭一郎シリーズを締めくくるにふさわしい映画である。

※山崎努の「崎」は「たつさき」が正式表記

■成馬零一
76年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)がある。

Blu-ray豪華版
DVD通常版

■リリース情報
『祈りの幕が下りる時』
Blu-ray&DVD発売中/レンタル開始中
収録時間:本編119分+特典映像141分

<セルBlu-ray&DVD豪華版 共通映像特典>
本編DISC:予告編集(特報・予告編・TVスポット集)
特典DISC:メイキング、ナビ番組、オフィシャルインタビュー集、イベント映像集(完成披露レッドカーペット/完成披露舞台挨拶/人形町イベント/初日舞台挨拶/大ヒット御礼舞台挨拶/WEB限定トーク【明治座】)

原作:『祈りの幕が下りる時』東野圭吾(講談社文庫)
監督:福澤克雄
脚本:李正美
出演:阿部寛、松嶋菜々子、溝端淳平、田中麗奈、山崎努
制作プロダクション:マックロータス
配給:東宝
発売元:TBSテレビ
販売元:ポニーキャニオン
(c)2018映画『祈りの幕が下りる時』製作委員会
DVD特設サイト:http://inorinomaku-movie.jp/bluraydvd.html
公式サイト:http://inorinomaku-movie.jp/

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