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阿部寛、東野圭吾のユーモアをどう表現した? 『疾風ロンド』が描く、大人の“上滑り”

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 大人になると妙な方向に力みすぎて、つい間違ったことをしてしまう。ものごとをかっこよくこなしてみせようとしたり、人に自分の弱い部分を見せないようにしようとしたり、そんなことに躍起になった結果、自分を追い込んでしまう。しなくてよいことをたくさんしてしまう。この映画を観ていたら、観客の笑い声の中で、そんな自分の日々の姿に気付くことになった。画面の中の登場人物たちの立ち居振る舞いを笑っていたが、そこにいるのは普段の自分たちなのかもしれない、そんなことを考えた。

 雪山に埋められた生物兵器。雪が解けると容器が破壊され拡散する仕掛けになっているために、早急に発見しなければならない。だが、脅迫のためにそれを盗んだ犯人は偶然にも事故死してしまい、埋められた場所は分からなくなってしまう。研究所で違法に開発されたものであるため、警察に知らせるわけにもいかない。阿部寛演じる主任研究員は、所長の命令のもと、手がかりを頼りにスキー場へと、その捜索へ向かう。

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 東野圭吾原作の映画『疾風ロンド』のストーリーはこのようなものだ。「白銀の世界を疾走するノンストップ・サスペンス」のうたい文句も相まって、スピード感あふれる映画を想像する人も多いはずだ。『疾風ロンド』というタイトルからも、まるで雪山を滑り下りるような展開のサスペンスがイメージされることだろう。

 だが、そんな予想はかなりの部分、裏切られることになる。元々、NHKでコメディ番組の演出を手がけていた吉田照幸監督は、本作でも、笑いを強調したかたちで、物語をすすめていく。そもそも、東野圭吾は『怪笑小説』や『毒笑小説』など、ユーモアのセンスも評価が高い小説家だ。吉田監督は、得意のテレビ・コメディ的な演出で、他の映像作品よりもさらに強く東野圭吾のユーモアに光を当てようとする。作品のポスターのキャッチコピーも「衝撃」という言葉に×が付き、「笑撃」とされているほどだ。

 しかし、吉田照幸監督の、テレビというメディアで培われた“ていねいな”作劇法は、いささか冗長に感じられる部分も持つ。たとえば、状況説明的に、阿部寛が語る「いっぱい人が死にますよ!」「野沢温泉スキー場は日本最大級のスキー場なんです」といったセリフは、いまどきの映画ではかなり珍しい「説明台詞」であると言える。近年、物語の中では恥ずかしい台詞の代表例として扱われがちな「さあ、ゲームのはじまりだ」もタイトル直前で登場する。テレビという“ながら視聴”に支えられたメディアではこのような“ていねいさ”は重要なものであるかもしれないが、暗がりの中で集中しながらスクリーンを見ることになる映画の中ではややくどいし、展開のスピード感がおさえられてしまってもいる。スピーディーなサスペンス映画を期待してしまうと、この映画の笑いの強調や説明の多さには、ガッカリしてしまうところがあるかもしれない。

 だが、実はこのサスペンスとして成立していない部分こそが、この映画のモチーフと絡んだ重要な点であるとも言えるだろう。

      

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