韓国、強制入院の法律はいかにして改正された? 社会派サスペンス『消された女』監督インタビュー
韓国では、保護者2人の同意と精神科専門医1人の診断があれば、患者本人の同意なしに保護入院として強制的に入院させることができるーーそんな法律を悪用した拉致監禁事件が近年、韓国で大きな議論を巻き起こした。実際、韓国では2011年から2014年までの4年間で、精神科病院に入院する人が10倍に膨れ上がったとも言われている。それはつまり、健康な人間が家族と医師の手によって強制入院させられている可能性があるということだ。
1月20日公開の韓国映画『消された女』は、こうした実在の拉致事件をモチーフとした社会派サスペンスである。物語は、日中の大都会を1人で歩いていた主人公のカン・スアが突然、何者かに誘拐されるところから幕を開ける。そして、精神病院に監禁されて強制的な薬物投与と暴力を受けた彼女は、病棟でその一部始終を手帳に記録。1年後、その手帳はテレビプロデューサーのナ・ナムスの目に止まることになり、興味を抱いた彼は取材を通して、その背後にある韓国社会の闇に触れることになる。
奇しくも本国でこの作品が公開された数か月後に、この法律は改正されることとなった。監督を務めたイ・チョルハは、「同作が直接的に法改正を後押ししたわけではない」としながらも、その大きな反響から、韓国内における問題意識の高まりを感じたという。
「今、世界中で人権に対する意識が高まりつつあると思います。それは韓国も例外ではありません。この法律は1995年にできたもので、近年は人権的な観点からも問題視されていました。また、強制入院の事実も明るみに出ていたタイミングだったので、法改正が行われるのは時間の問題だったと思います。『消された女』の前にはテレビ番組のドキュメンタリーで、本当に健康な人間を強制的に入院させることができるのかを検証する企画があり、実際に精神病院に電話してとある人物を指名したところ、本当に連れて行かれてしまうということもありました。このタイミングで本作を公開することができたのは、偶然によるところも大きいのですが、お客さんからの大きな反響を見る限り、ちょうど人々の関心と合致する題材でもあったのだと感じています」
また、実在の事件をモチーフにするにあたって、イ・チョルハ監督は様々な面で苦慮したと明かしている。
「リアルさを求めるのであれば、ひとつの事件を再現していく方が良いのかもしれないけれど、当然ながら関係者からは反対の声があるし、個人情報保護の観点から見ても問題があります。そこで、複数の事件の要素をパズルのように組み合わせ、サスペンス映画として完成度の高いものを目指しました。ノンフィクションなのは全体の30%くらいで、あとは映画的なスリリングさや面白さを追求しています。冒頭の拉致のシーンなどは、完全に映画的なアイデアでした」
実際、『消された女』は次から次へと謎が巻き起こるスピーディーな展開の作品で、スリリングな映像の数々も相まって、刺激的かつ上質なサスペンス映画に仕上がっている。
「もともとの脚本では会話や説明台詞が多かったのですが、できる限りそれらを排除し、役者による身体の演技で見せることを心がけました。また、シーンのつながりにおいても無駄を徹底的に省いて、お客さんが自分で謎を読み解くための余白も残しています。結果として、『1度観ただけではわからない』という、韓国映画のマーケティングの常套句にピッタリの作品になりました(笑)。2回目、3回目と観て、初めて気付いてゾッとするような場面も多いと思うので、色々と探してもらえれば」
ところで本作では、近年の多くの韓国ノワールに通じる、陰惨な暴力描写も見どころのひとつとなっている。なぜ韓国映画の暴力描写はリアリティがあるのか、イ・チョルハ監督の考えを聞いてみた。
「あくまで個人的な考え方ですが、時代背景に起因していると思います。難しい話にするつもりはまったくありませんが、韓国人が映画の存在を知った1910年代はいわゆる日帝時代で、その後も独立運動や朝鮮戦争が続き、韓国の映画人は激動の中で映画を作ってきました。そうした時代にあって彼らが伝えようとしたのは、美しい景色や夢のような物語ではなく、凄惨な争いの現実だったのではないでしょうか。その中で培われてきた演出技術や表現方法が、現在の韓国の映画人にも受け継がれて、表出しているのかもしれません」
一方で、暴力的な映画を撮る監督には意外にも温和な人物が多いと、イ・チョルハ監督は笑う。