『おそ松さん』なぜクズなのに女性人気が衰えない? 6つ子に見る、ふとした「まっとうさ」

 1期の放送終了から1年半を経て、待望の2期がスタートしたアニメ『おそ松さん』。個人的には期待が大きすぎて、それに応えようと空回っていたらどうしよう……という心配もあったが、そんな不安をよそに、幻の第1話を彷彿させるオープニングで幕を開けた。

 以前、『HiGH&LOW』の評論家座談会(『HiGH&LOW THE MOVIE 2』評論家座談会【前編】「日本発クリエイティブの底力を見た!」)でも触れたが、今や、2次元、2.5次元、3次元の垣根はあいまいで、ファンというのは、2次元の6つ子のことを、3次元のアイドルと変わらぬ気持ちで応援している部分もあるのではないだろうか。6つ子は、ときには雑誌ananのグラビアページや表紙に登場するし、そこで3次元のアイドルのようにインタビューにも答える。

 そして、2期がスタートしたときの感覚は、アイドルや人気俳優がドラマの放送を終えて、一旦活動を減らしていたけれど、1年半ぶりに主演ドラマで本格的な活動に復帰したような感覚も覚える。その間、6つ子たちはというと、たまに雑誌に登場したり、グッズをリリースしたり、コンビニでクジを発売したり、ゲームになったりと、テレビでの露出は減らしながらも、活動は続けていたと考えてもいい。

 そのような活動に一喜一憂するファンがいることすらも、『おそ松さん』の制作側はメタ的にとらえる。1話でもアイドル並みの人気を得たことで、6つ子たちにはお金が入ってぶくぶくと太り、“中途半端な富と名声を得て”、放蕩三昧をしている様子をストーリーに盛り込んでもいた。

 そんな1話の中では、6つ子はクズになりきる。女性たちをはべらせ、クラブで美女をナンパし、ブスに冷たくあたる。『おそ松さん』にはこうした「ミソジニー」的な表現もあるが、これは劇中劇の中で示される「良くない6つ子たち」の姿であるから、そんな自分たちのフィクションの中の姿を見てこんな未来があってはいけないと焦る6つ子の姿も描く。

 そのことで、逆に6つ子たちは過剰に努力し「ちゃんとしよう」とすることの「おかしさ」にも突っ込みながらも、最終的には彼らにとってのニュートラルな「クズなニート」の6つ子に立ち返る。そうやって、ちゃぶ台をひっくり返しまくって1話が終了したが、これは、ファンが彼らに期待しているものだと言ってもいいだろう。

 アイドルのような存在でいながらも、ちゃんとクズとしてフィクションの中に生きる6つ子たちは、2期では1期にはない変化を見せ始めた。それは、彼らの両親である松造と松代のエピソードを描いた4話でのこと。最近、元気のない松造に6つ子たちが理由を聞くと、松代との「あれやこれや」のラブラブがなく夫婦が“レス”で悩んでいることを知る。

 夫婦が“レス”になったことは、松代が薄情であるからと嘆く松造に対し、カラ松が「なんかまるで母さんだけが悪いことになってないか」と口火を切ると、「お前さ、なに好きでいてもらえることが当たり前になってるの」と一松たちも次々と問いただす。

 6つ子たちは、松造がピュアだった童貞の気持ちを取り戻せば、松代への気持ちも復活するのではないかと、松造を昔の気持ちに取り戻させようと計画する。もちろん、ここでも結局、6つ子は、ちょっといいところを見せたかと思ったら、すぐに元のクズに戻る。クズでない自分に照れがあるのかもしれない。

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