『20センチュリー・ウーマン』の“言語化しにくい”魅力 マイク・ミルズ監督に受け継がれた精神

『20センチュリー・ウーマン』の良さを解説

 クリエイティヴな業界で何かを成し遂げようと、アーティスティックな存在であろうとするアビーを演じるのは、『フランシス・ハ』の主演で鮮烈な印象を残し、自身もクリエイターとして活動する俳優、グレタ・ガーウィグだ。アビーは、「自分の持ち物を撮ることで、私という人間が見えてくる」と、身の回りのアイテムを一つずつ写した写真の連作に着手していた。面白いのは、その手法はそのまま、本作でドロシアが愛した持ち物を一つずつ紹介するというかたちで、そのまま使われているという点である。これは、前作『人生はビギナーズ』でも使われていた演出だ。これが本当にあった出来事なのかは分からないが、ここで示されているのは、表現というのは、その人が表現をすることを仮にやめたとしても、他人がそれを受け継ぐことが可能だということである。彼女自身は写真の道で成功することはなかったのかもしれないが、彼女の試みそのものは、映画というアートのなかで甦ることになったのだ。

 それにしても、ドロシアはなぜ、ロールモデルになりそうな大人の男ではなく、この二人に息子の教育を頼んだのか。本編を追っていくと、そこにはドロシアの、男性に対する不信感があったことが分かってくる。本作には、当時大統領に就任していたジミー・カーターのTV演説を大勢で見ているシーンがある。ジミー・カーターは、外交が弱腰であるとして「強いアメリカ」を打ち出せずに、いまでも歴代のなかで人気のない大統領であるが、それでも大統領としては内省的過ぎる彼の演説を聞いた彼女は「美しいと思うわ」と感想を述べた。ドロシアは、粗野でユーモアが分からず、女性を尊重しない「強い男」よりも、繊細な心情を理解し、女性を労わることのできる「弱い男」を評価するのだ。しかし自分が弱い男であることを正直に人に見せるというのは、自分の強さを無理に誇示しようとはしない、本当の意味での「強い男」の態度であるといえるかもしれない。

 映画『カサブランカ』で使われた楽曲「アズ・タイム・ゴーズ・バイ」(時の過ぎ行くままに)が、本作のアイコンとして何度も流れるように、彼女が理想としたのが、往年の映画スター、ハンフリー・ボガートが演じたイメージである。『カサブランカ』の主人公リックは、イングリッド・バーグマン演じる、愛する女性のために、自分の愛を犠牲にして助けようとする優しさを持っている。ドロシアは、自分の心を本当に理解して支えてくれる優しい男性を求め、息子にもそのような男になってほしいと願っていたのだ。

 その意味において、ジェイミーは同年代の少年たちに「いけすかねえ軟弱野郎だ」と罵倒されながらも、ドロシアの理想通り、女性に対する優しさと、繊細な感情を大事にする男に育っていくのである。ジェイミーは、最愛のジュリーと初体験を済ませようとドライブに出かけるが、拒絶されると、夜通し徘徊して気持ちを静めようとする。ジェイミーは、彼女がいままで付き合ってきたような、彼女の意志に反して避妊をしないような自分勝手な男とは、わけが違うのである。ジェイミーは、なし崩しに欲望を発散させるのではなく、それがときに報われない道であることも十分に理解しながら、自分の倫理観に従い、女性の気持ちを尊重できる「強い男」へと成長したのだ。

 本作が描いたのは、「人はこの世を去っても、その一部は生き続ける」という事実である。母親の理想や人間性は、息子という人間をかたちづくる。本作で主人公の教育係を務めたジュリーとアビーというかたちで描かれた、他人からの影響もまた、アートへの態度や反骨精神、音楽センスなど、いろいろな面で有機的にかたちを変化させながら、マイク・ミルズという一人の人間、一人の優れたアーティストに決定的な影響を与えているのである。そしてそれは、またかたちを変えて、マイク・ミルズの周囲の人物たちや、彼の子どもに受け継がれるだろう。そして、この映画を観ている我々観客たちにも。

 だが人は、一人の人間の全てを受け継ぐことはできない。本作では、母親の人間性を理解しようとする息子に対して、ドロシアが「それで、私を理解したつもり?」と、くぎを刺すシーンがある。そういった描写によって、彼女の言い分や、自分が理解しきれなかった領域を残しておくという態度にも、マイク・ミルズという人の、優しいフェアな精神というのを感じ取れるのである。

■小野寺系(k.onodera)
映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。

■公開情報
『20センチュリー・ウーマン』
丸の内ピカデリー、新宿ピカデリーほか全国公開中
監督・脚本:マイク・ミルズ
出演:アネット・ベニング、エル・ファニング、グレタ・ガーウィグ、ルーカス・ジェイド・ズマン、ビリー・クラダップ
提供:バップ、ロングライド
配給:ロングライド
(c)2016 MODERN PEOPLE, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
公式サイト:www.20cw.net

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