異色の魔術ヒーロー『ドクター・ストレンジ』、サイケデリックな映像は何を暗示する?

『ドクター・ストレンジ』の映像は何を暗示?

 マーベル・スタジオが展開するヒーロー映画のクロス・オーバー世界、MCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)。各作品それぞれに個性的な俳優、スタッフを参加させ、新鮮で際立ったものにすることでヒットを維持してきたシリーズだ。それも本作で14作目となる。そろそろ息切れしてくるのではと思っていたところに投入されたのが、マーベル・コミックのなかでも異端的な魔術ヒーロー、「ドクター・ストレンジ」だった。この映画が、いくつかの点で驚かされる内容に仕上がっていた。

 本作の見どころは、魔術による戦いを表現した、観客を幻惑するような、めくるめく映像にある。東洋の神秘的秘術を駆使する魔術使いたちは、空間を断ち切り、破り、歪ませ、飴細工のように世界をねじ曲げながら戦いを繰り広げていく。そして、平衡感覚や時間の流れすらもひっくり返してしまう。さらに体と精神が分離し、意識が超高速で別の次元までぶっ飛んでいきさえもするのである。そのカラフルな色彩や宇宙的なトリップ感覚は、観客たちに「万華鏡」のようだとも、「ドラッギー」とも表現される。この特異な映像世界は、一体何を表しているのだろうか。今回は、その謎に迫りつつ、映画『ドクター・ストレンジ』の、じつは奥深いと思われるテーマを考えていきたい。

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 このトリップ映像の秘密を解く鍵となるのが、アメリカのヒッピーを中心として誕生した60年代の「サイケデリック・アート」である。カラフルな色彩と渦巻き模様、東洋風の曼荼羅(まんだら)などに代表される幻惑的イメージは、アメリカの文学、音楽、映像など、当時の様々な分野の先端的芸術にインスピレーションを与えた。東洋の神秘的な魔術によって肉体を抜け出し、精神世界や異次元で活躍する、ダンディーな容姿が魅力的なヒーロー、「ドクター・ストレンジ」のコミックが出版されたのは、ちょうどそのような時代であった。サイケデリック・ロックの代表的存在となったバンド、ジェファーソン・エアプレインは「ドクター・ストレンジに捧ぐ」と題した、ヒッピーに向けたコンサートやダンスを中心としたイベントに参加している。

 このサイケデリックなイメージの元となったのが、1962年までアメリカでは合法であり、薬局で一般市民も手を出すことができたドラッグ「LSD」による幻覚作用にあるといわれる。1938年にはじめてLSDを合成した研究者アルバート・ホフマンは、実験中に、視界が揺れ動いて、いろいろな物が歪んだ鏡に映したようにねじ曲がり、万華鏡のような光景が見えたなど、様々な幻覚症状が引き起こされたと述べている。本作の幻想シーンでは、ドクター・ストレンジの手の先から新しい手が続々と生えてくるという悪夢的表現があるが、これはフラクタル図形とよばれる、数学的な計算によって再現された幻覚イメージそのものである。このような幻覚剤は、非常に情緒的になったり無防備な状態になるなどの作用もあり、当時のCIAも、自白剤になり得るものとして人体実験を重ねていたが、精神的な錯乱が起こるなどの症状も見られたため、現在では違法薬物に指定されている。もちろん日本でも同様である。

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 このようなアートやドラッグが当時、爆発的に流行したのは、幻覚によって肉体から意識を解放するというイメージが、ベトナム戦争が泥沼化していく社会情勢を背景に、既存の価値観や、政治権力などの管理から解放されたいという、若者たちの気運の高まりに合致したためである。東洋的な思想が脚光を浴びたのも、アメリカで伝統的なキリスト教の影響から逃れたいという意識の表れであろう。コミック「ドクター・ストレンジ」が、そのような思想を支持する意図があったかは別として、そういった文化が氾濫する時代のなかで影響を受け、また影響を与えていた作品だったということは確かである。そして、現代にそれを甦らせるのならば、やはりその時代性を背負うかたちで表現されなければならないはずだ。

 コミックのなかにある、ドクター・ストレンジ誕生のエピソードが、本作の設定の基となっている。ベネディクト・カンバーバッチが演じるストレンジ博士は、天才的外科医であり、西洋医学に精通する尊大な男として描かれる。そんな男が事故によって、外科医の命である指先の神経に、重大な損傷を負ってしまう。現在の西洋的医療では治療不可能な怪我に絶望しながら、わらにもすがる気持ちで、彼は東洋の神秘思想の門を叩き、魔術の世界に入っていくのだ。

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