菊地成孔の『溺れるナイフ』評:映画は漫画の巨大なノベルティと化すのか?

一方、誰もが菅田将暉を

 現在、群雄割拠と呼ぶにふさわしい状況である「若手俳優(カリスマあり)」の世界において、頭一つ抜けている感のある菅田将暉の役柄は、「ちょっと適役想定が過ぎるんじゃないの?」と思わせるほどの適役である。

 彼は単純に言うと神域に近いところにおり、登場シーンは、神宿るが故に遊泳禁止の浜で、泳ぐとも浮かんでいるとも、何らかの神事をしているともつかない、まさにカリスマの行動としか言いようがない、象徴的な形である。彼は言う「この町は俺がしたいように出来るんじゃ」

 場合によっては、菅田の代表作になったであろうこの適役は、ダイジェストという圧縮時間の突風に吹き飛ばされたか、若い女性監督の強烈な童貞性(処女性に非ず。女性の童貞性。が正しい)が、玩具(まあ、フィギュア。とするべきだろう)のように弄り果てた末に、とうとう持て余したか、実態がバラバラに霧散してしまう。

 凄まじいカリスマを持つ神の子なのか、それは仮面に過ぎない、実際は弱くて不安定な男子高校生なのか、そのキメラなのか、あるいは、どちらとも違う、第三の何かなのか、全くわからないまま作品は終わる。

 これが、本作のほぼすべてである。女子は磯の香りや草いきれがするほどのレア、男子は悪役のレイプ犯に至るまで、象徴化された紛い物。一歩間違えれば、性差別的とすらいえる。

ジャニーズWEST健闘

 唯一、「普通の演技をちゃんとする」というミッションを確実にこなしているのは重岡大毅である。重岡はジャニーズWEST所属であり、日本テレビ『レンタル救世主』に出演中の藤井流星と並び、監督の演出も、他の出演者の影響も無関係に、独立して仕事ができるハイスキルを見せ、ジャニーズWESTの平均値の高さを余裕綽々で見せつける。

 驚いてドキドキし続けたおかげか、本作で胸キュンのキュの字も、ナミダのナの字もピクリともしなかった筆者も、重岡演ずる大友が、小松演ずる夏芽に恋し、告白し、付き合うことになり、やがて別れる。という一連は、良い年をして(53)涙なくしては見れなかった。

 ダイジェストの豪風も、天才的という、つまりは不安定で病的な監督の才能とも無関係に、作品の中枢に集中し、作品の外的要因(「監督の天才的才能」を、作品の外的要因とするのは若干躊躇われるが、本作に限っては、それで良いと思う)と完全に切断され、普通の仕事をきちんとした重岡を、本作の救世主と見るか、アンサンブルを壊す、悪い職人と見るか、菅田と小松で手がいっぱいで、特に気が回らなかったと見るかで、本作の評価は大きく動くだろう。

再び

 日本映画は、原作漫画のノベルティグッズとして、無料化するだろうか?この問いは些か諧謔的に過ぎると断ずるあなたに言えることとしては、筆者は「この作品をカネを払って見ますか?」と鑑賞後に問われれば(実際は当然無料で見た)、「絶対に観るものか!とまでは言わないが、喜んで払いはしない。なぜなら、やがて無料になる方向性を持っているから」としか言いようがない。

 音楽は選曲もOSTも、良くも悪くも凡庸で、大森靖子氏が提供した楽曲(実際に歌っているのは堀越千史)は余りにも短すぎて気の毒だし(「短いが効果的」とかでもない、ただ短い)、他の選曲は印象に残らない。『君の名は』のRADWINPSのように、誰しもの心を、いたずらにかき乱したりしない。やはり、無料化に向かうメディアの中で鳴らされるのは、音楽として原理的に辛い。不法ダウンロードされる音楽のほとんどは熱狂的に収集されることはあっても、熱狂的に聴かれることはないからである。

 筆者は『シン・ゴジラ』と『君の名は』は劇場で自費を支払って鑑賞した。どちらもオリジナル脚本である。両作について述べるのは本稿の仕事を逸脱するので止めるが、「<有料感>は半端なかったすよ」としておくに留めたい。勿論、本稿の論旨の強化のために仕組んだことではない。「三太郎」のCMでの「鬼ちゃん」は同じ金髪で神域にいながら無料だが、本作の「航ちゃん」より有料感がずっと強い。若干のアクロバットが許されるなら、こう言うしかない。TVCMが無料である事は実質的に終わっているのだ。これから無料になってゆくものたちの潮流に押し流され、隠されていた有料性が剥き出しになったのである。映画を無料にせよ。そしてその後、有料に先祖返りさせるべきだ。

(文=菊地成孔)

■公開情報
『溺れるナイフ』
11月5日(土)TOHOシネマズ渋谷ほか全国ロードショー
出演:小松菜奈、菅田将暉、重岡大毅(ジャニーズWEST)、上白石萌音、志磨遼平(ドレスコーズ)
原作:ジョージ朝倉「溺れるナイフ」(講談社「別フレKC」刊)
監督 山戸結希
脚本:井土紀州、山戸結希
音楽:坂本秀一
主題歌:「コミック・ジェネレイション」ドレスコーズ(キングレコード)
製作:「溺れるナイフ」製作委員会(ギャガ/カルチュア・エンタテインメント)
助成:文化芸術振興費補助金
企画協力・制作プロダクション:松竹撮影所
制作プロダクション:アークエンタテインメント
企画・製作幹事・配給:ギャガ
(c)ジョージ朝倉/講談社 (c)2016「溺れるナイフ」製作委員会
公式サイト:gaga.ne.jp/oboreruknife/

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「作品評」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる