上野樹里の真髄は“ながら演技”にあり 『お父さんと伊藤さん』が描く日常の断面
何かをしながらの演技は別に珍しいことではない。多くの作品に、そのような場面はあるし、役者によっては、何かをしながらのほうが台詞が言いやすいと証言する者もいる。
だが、このシーンの上野は、パフェを食べることで、芝居という場のリズムを形成しているというより、彩という人物の心象、もっと言えば、内面的な状態をトレースしているように思える。
パフェの食べ方に、彩のクセのようなものを植え付けるわけではない。
答えに窮するような、困ったシチュエーションでこそ、人は目の前のパフェをきちんと食べたりするのだという真実が、そこではあからさまになっている。
もちろん、それは、このような場を設定した監督タナダユキの采配の賜物でもあるだろう。だが、上野のパフェの扱いは、監督の演出の領域を超えた次元でおこなわれているのではないか。
上野の所作が、結果的に映し出すのは、人は、複数の日常の中で綱渡りをしているという事実だ。
兄と待ち合わせして、深刻な相談を受けることも日常なら、パフェをオーダーして、それを完食することも日常。上野の演技を見つめていると、わたしたちの人生には、非日常などというものはなく、すべては複数の日常の交錯にすぎないのではないかという感慨に耽りたくもなる。
兄の話を聞きながら、それに答えながら、パフェをすくい、それを食べること。
それぞれは別個のことでありながら、人はその別々の日常を、ほとんど無意識のまま綱渡りして、その人固有の日常を作り上げている。
単一の日常なんてありえない。いくつかの日常を、わたしたちはつなげ、重ね合わせながら、新しい日常を更新させている。
上野樹里は、ながら演技をスムーズに駆動させることで、人間のグレーな領域の、微細なグラデーションにかたちを与えている。
■相田冬二
ライター/ノベライザー。雑誌『シネマスクエア』で『相田冬二のシネマリアージュ』を、楽天エンタメナビで『Map of Smap』を連載中。最新ノベライズは『追憶の森』(PARCO出版)。
■公開情報
『お父さんと伊藤さん』
全国公開中
出演:上野樹里、リリー・フランキー、長谷川朝晴、安藤聖、渡辺えり、藤竜也
原作:中澤日菜子『お父さんと伊藤さん』(講談社刊)
脚本:黒沢久子
監督:タナダユキ
エンディングテーマ:ユニコーン「マイホーム」(作詞:奥田民生、作曲:奥田民生)
助成:文化庁文化芸術振興費補助金
企画協力:講談社「小説現代」
制作プロダクション:ステアウェイ オフィスアッシュ
企画・製作・配給:ファントム・フィルム
(c)中澤日菜子・講談社/2016映画「お父さんと伊藤さん」製作委員会
公式サイト:http://father-mrito-movie.com/