遺産狙いの悪行がなぜ説得力を持つのか? 『後妻業の女』が描く人間の欲望
大竹しのぶの演技は圧巻だ。彼女が年配男性を惹きつけるために「ツイスト」を精力的に踊りまくる冒頭のワンシーンから、その圧倒的存在感に釘付けになる。「読書が趣味で、得意料理は鯖の味噌煮です♪」とアピールする、高齢男性にとっての理想の後妻モードから、遺族に対して遺産の権利を主張する銭ゲバモードに移行する豹変ぶりがあまりにも見事で、笑いながらも戦慄させられてしまう。彼女が、尾野真千子演じる気性の強い遺族と、焼肉屋でつかみ合いのバトルをする名シーンは素晴らしく、成瀬巳喜男監督の暴力を振るう女を描く名作『あらくれ』すらも連想させる。ちなみに尾野真千子は、鶴橋ドラマ『松本清張〜坂道の家』(14)では、チップを払うごとに胸元のボタンを外していくという妖艶な理容師を演じていた。
豊川悦司演じる悪徳実業家と樋井明日香演じる愛人との絡みは見どころだ。店でお茶を飲みながら、高齢者から巻き上げた金で「ようし、今日はお前にTバックの下着を買ってやろう」と宣言する、バブル期かと思わされる無茶苦茶な異様さ。また彼女が豊川の顎から鼻先までをベロン!と一気に舐め上げるシーンをスローモーションでとらえる鮮烈さ。ワンカット、ワンカットが、普通の日本の映画やドラマでは見ることのできない、下品な猥雑的精神に満ちている。 セックス描写など直接的に過激な部分はそれほど多くはないが、その燃えたぎるような精神にこそ、本質的なエロティシズムが宿っていると感じられるのである。
彼らの悪行が描かれていくうちに、同時に被害者たちの欲望も露わになってくる。本作の登場人物たちは、騙す側、騙される側も含めて、男も女も全員が、人間の持つ本質的な欲望に振り回されている。そのドラマを追うことで、死期の近い高齢者の遺産と引き換えに、ふたまわりも若い女性が付き添って、死ぬまでに「一時の夢を見せてあげる」という行為自体は、そこに犯罪が絡まない限りは、ひとつの「商取引」として理解できると、次第に思わされていく。自分たちにとって不利な遺言書を作成されたことで、相続するはずだった財産を根こそぎ奪われた遺族たちは当然怒り狂うが、彼らに対して大竹しのぶ演じる女が言う、あんたらが私ほどに、死に行く者に満足を与えることができるのかという主張は、たしかに一理あると感じてしまう。いや、一理あると説得させられてしまう力がドラマにあるのだ。
人間同士が欲と情念と狂気に駆られながら絡みあい、つかみ合い、騙し騙されながら、本音をぶつけ合う様を見せつける、本作における悪意の徹底ぶりには、とにかくひれ伏さざるを得ない。全てのシーンに人間の本質的部分を垣間見せようとする容赦ない描写は、19世紀フランスの文豪バルザックによる悪漢小説を読むようでもある。ここまでやってこそ、「人間が描けている」と言えるのである。
■小野寺系(k.onodera)
映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。Twitter/映画批評サイト
■公開情報
『後妻業の女』
全国東宝系にて公開中
出演:大竹しのぶ、豊川悦司、尾野真千子、長谷川京子、水川あさみ、風間俊介、余貴美子、ミムラ、松尾諭、笑福亭鶴光、樋井明日香、梶原善、六平直政、森本レオ、伊武雅刀、泉谷しげる、柄本明、笑福亭鶴瓶、津川雅彦、永瀬正敏
監督・脚本:鶴橋康夫
原作:黒川博行「後妻業」文春文庫刊
(c)2016「後妻業の女」製作委員会
公式サイト:http://www.gosaigyo.com/