人気絶頂マシュー・マコノヒーは、なぜ異色作『追憶の森』出演を決めたのか?
『インターステラー』や『ダラス・バイヤーズクラブ』との共通点
『追憶の森』にはその内容にも二つの大仕事(『ダラス・バイヤーズクラブ』と『インターステラー』)を終えた直後らしい何らかの連続性が垣間見える。
例えば『インターステラー』は「外なる宇宙」へと旅立っていく超大作だったが、対する『追憶の森』は樹海という広大な舞台を擁しながらも、そこに投影されるのは主人公の記憶や精神性。いわば「内なる宇宙」だ。両者はそれぞれの領域で自分なりの「生への希求」を掴み取ろうとする。宇宙を旅したマコノヒーが次に精神世界の探求を求めたのは、人間のバランス感覚として至極当然の流れだったと言えよう。
また、共演の渡辺謙といえば『インターステラー』を手がけたクリストファー・ノーラン監督作の常連俳優でもある。監督の過去作を研究する上でもマコノヒーは幾度となく彼の演技に触れていたはずだ。そういえば渡辺が出演する『インセプション』も精神世界の物語だったが、その最下層に位置する虚無はどこか『追憶の森』の樹海を思わせなくもない。
さらに細かなリンクをつなげていくと、『インターステラー』で宇宙の果てに待っていたマット・デイモンは、そういえばガス・ヴァン・サント監督作『グッド・ウィル・ハンティング』でブレイク・スルーした人物という共通項も湧き出る。そしてワームホールの中で時空を超えて最愛の娘と交信するくだりは、『追憶の森』で主人公が体験する「とある出来事」と相通じるものがある。両作は規模も舞台もジャンルも全くかけ離れているが、見つめているもの、通底する世界観はどこか同じ。そんな気持ちが湧き起こってくる。
一方、『ダラス・バイヤーズクラブ』もまた、エイズ宣告を受けた主人公が自暴自棄になりながらもそこから徐々に生きる執念、他人のために尽くす希望を胸のうちに宿して戦いを繰り広げていく内容だった。『追憶の森』には死を決意して森に踏み入った主人公が、ふと目に飛び込んできた放浪者の姿に思わず声をかけるシーンがある。朦朧とした意識の中とはいえ、瞬発的に目の前の人を助けたいと感じる思いが発露したその瞬間。そこに明確な根拠は要らない。理屈ではなく、この森の中での出来事や体験、心の揺れや突発的な動きが彼に静かな気づきをもたらしてくれるという流れ。いささか邪道かもしれないが、余白の多い『追憶の森』は『ダラス・バイヤーズクラブ』と重ねてみることで自ずと補強されていくような気もするのだった。
今後もマシュー・マコノヒーをめぐっては話題作が目白押しだが、少なくとも『追憶の森』の規模の作品に出演する機会は当分のあいだ巡ってこないだろう。人気の階段を駆け上る彼が、そのキャリアの道すがら、ふと残した、残さずにはいられなかった異色作。そこには深呼吸のような、あるいは夢や幻覚の中のようなおぼろげな肌触りがある。世間がどう評価しようとも、彼の中では整合性を伴って成立している大切な作品。それこそ森の中で見つけた岩陰に咲く一輪の花のような存在にちがいない。
■牛津厚信
映画ライター。明治大学政治経済学部を卒業後、某映画放送専門局の勤務を経てフリーランスに転身。現在、「映画.com」、「EYESCREAM」、「パーフェクトムービーガイド」など、さまざまな媒体で映画レビュー執筆やインタビュー記事を手掛ける。また、劇場用パンフレットへの寄稿も行っている。Twitter
■公開情報
『追憶の森』
TOHOシネマズ シャンテほか全国公開中
監督:ガス・ヴァン・サント
製作:ギル・ネッター
主演:マシュー・マコノヒー、渡辺謙、ナオミ・ワッツ
提供:パルコ、ハピネット
配給:東宝東和
原題:The Sea of Trees/2015年/アメリカ/110分
(c)2015 Grand Experiment, LLC.
公式サイト:tsuiokunomori.jp