劇場発信型の映画祭「未体験ゾーンの映画たち」で注目すべき作品は? 50作品の中からピックアップ
世界中から厳選された、日本では劇場未公開の映画50本を一挙上映する特集上映「未体験ゾーンの映画たち2016」が、1月2日からヒューマントラストシネマ渋谷で開催されている。この特集上映では、過去にはポール・ヴァーホーヴェン監督の最新作『ポール・ヴァーホーヴェン/トリック』や、カンヌ国際映画祭で絶賛され、ほとんど無名だったジェレミー・ソルニエが一躍スターダムへと駆け上がるきっかけとなったネオ・ノワール『ブルー・リベンジ』など、劇場未公開にするにはもったいない優れた作品が上映されてきた。本稿では、今年上映された50本の中でも特に注目するべき3本の作品を紹介していきたい。(※メイン写真は『グッドナイト・マミー』のもの)
『ディスクローザー』
まずはオーストラリア産の犯罪スリラー『ディスクローザー』だ。ジョエル・エドガートンという名前に聞き覚えがなくとも、昨年ソフトスルーながら映画ファンを熱狂の渦に巻き込んだ『ウォーリアー』で、トム・ハーディと激闘を繰り広げる兄を演じた俳優と聞けばピンと来る方も多いのではないだろうか。そんなエドガートンは、実は俳優としてだけでなく、作り手としても活躍している。日本未公開のスリラー映画『The Gift』(2015)では、監督・脚本を担当し、批評家たちから高く評価された。彼が2013年に脚本と製作を手掛け、主演も果たした意欲作がこの『ディスクローザー』である。
刑事のマル・トゥーヒーは上司や同僚からも慕われる人望の厚い男だ。ある日、事件解決を祝うパーティーの後、マルは弾みで自転車に乗っていた少年を轢いてしまう。だが彼は警察に対して嘘の証言を行い、真実をひた隠しにしようとする。何事も無かったかのように仕事へ、日常へと戻ろうとするマルに対し、新しく赴任してきた刑事ジム(『ターミネーター/新起動』のジェイ・コートニー)は疑惑の目を向けるのだったのが……。
物語の中心人物はマル、ジム、そして彼らの先輩格である刑事カール(『グローリー/明日への行進』のトム・ウィルキンソン)だ。マルは平静を装いながらも、昏睡状態の少年や嘆き悲しむ彼の母親を目の当たりにするうち、その罪の重さに耐えかね憔悴していく。その姿は彼の愛する家族の心にも波紋を投げかける。いっそ告白するべきか、それとも……。対してジムは孤独を好む人間だが、目の前で隠蔽されようとしている罪を見過ごすことなどできない。過ぎ行く時の中で、彼だけは少しずつだがマルへと近づいていく。そんな2人の間に立つのがカールだ。警察に長く勤務し、清濁あわせ呑む価値観を持った彼は、マルとジムの衝突を食い止めようとし、それが思わぬ結果を生むことになる。
この3人が歩む道筋を、エドガートンと監督のマシュー・サヴィエルは豊かなディテールで丹念に描き出していく。捜査の途中で犯人に対して思わず暴力を加えてしまう。幼児を虐待した男の釈放に怒りを隠せず酒を煽る……。そういった事件とは直接関係ない描写の数々にこそ、それぞれの人生が見えてくる。だからこそ、3人の人生が否応なく残酷な運命にねじ曲げられていく様は、酷く胸を締めつける。
『ディスクローザー』には派手な銃撃戦も心躍るカーアクションも存在しない。その代わり、観客を思索へと導くであろう、倫理に対する深い洞察が横たわっている。ハリウッド産のスリラー映画とも、『アニマル・キングダム』や『スノータウン』などのオーストラリア産犯罪映画ともまた違う、いぶし銀の魅力が今作にはある。