Netflixは日本のコメディー市場を切り拓くか? 『アンブレイカブル・キミー・シュミット』に見る大人のエンタメ性
SNLのライターとして才能を開花させ、『30 ROCK/サーテイー・ROCK』で大きく飛躍したティナの持ち味は、ウィットに富み、時事ネタ、政治ネタにも強いが”わかりやすい”という良さがある。もっとも、業界人がこぞって録画を欠かさなかったと言われる『30ROCK』(全シーズンの上陸切望)を見たことがある人は、ややとっつきにくさを感じたかもしれない。その要因は楽屋落ち的なノリが強かった以上に、主演格のアレック・ボールドウィンの無表情で笑いをとりにくスタイルにあったと思われる。コメディシリーズ『The Office』のスティーヴ・カレルの芸風にも通じるが、わははと笑うのではなく、にやりとかクスリとか、そういった類の笑いだ。とはいえ、脇の芸達者たちが繰り広げる珍騒動は非常にわかりやすいので、業界に詳しくなければ楽しめないというものではなかった。
一方の『アンブレイカブル・キミー・シュミット』は、主人公のキミーが劇中で”やたらとにこにこしている人懐っこいコリー犬みたいな子”と形容されるように、顔をくしゃくしゃにした笑顔はなんとも愛嬌があるから間口は広い。演じるエリー・ケンパーは、『The Office』や『ブライズメイド』に出演していたが、鍛え上げた表情筋をフル活用した本作の顔芸は真骨頂で見飽きることがない(どこか若い時のシャーリー・マクレーンを思わせる)。何より笑顔って、本当に人を元気にするマジック!
大都会マンハッタンが舞台というのも重要だ。15年のブランクに、インディアナ州のど田舎出身のキミーは、おそろしいまでの”かっぺ”ぶりを発揮する。セントラルパークのチェリーヒル噴水(『フレンズ』のオープニングタイトルで有名)では人力車のイケメンを見て同番組のメインキャラクターの名前、チャンドラー様!と叫び、さらに一般人を見ては『となりのサインフェルド』の2人もいる! 私、セントラルパークにいるんだわ!と目をきらきらさせながら飛び跳ねる。痛すぎる”かっぺ”である。
いやでも、考えてみてほしい。仮に東京生まれの東京育ちだって、マンハッタンに初めて旅行に行けば”かっぺ”だろう。ニューヨークは世界中から夢を求めてる人々が集まる街だから、まさに”かっぺ”の巣窟とも言える。ティナがうまいのは、黒人やアジア人、ゲイや貧富の差などの社会問題を、キミー=”かっぺ”の視点で描くことで深刻さを緩和させている点にあるだろう。時には、そのフラットな視点ゆえに際どい表現になることもあるし、放送禁止用語が多いのも表現の規制が地上波などに比べて格段にゆるいNetflixならでは。だが、見ている方はチクリとはくるものの社会派の問題提起といった堅苦しさは感じない。綺麗事ではすまない痛さを描きつつ、多様性があってこそのニューヨークなのだと自然と思わせてくれる。古巣のSNLのライブ中継を行うスタジオや3大ネットワークの本社があるTVの中心地であり、ブロードウェイを擁するこの地に、ティナが並々ならぬ愛情を抱いていることはいうまでもないだろう。
もちろん、ティナお得意の業界ネタは挙げていったらキリがない。とりわけ、キミーの同居人でブロードウェイの舞台に立つことを夢見るタイタスが、ミュージカルネタでは冴えまくる。演じるタイタス・バージェスがまたエリーに負けず劣らず、顔面力豊かなことこの上なし。キミーとのやりとりには、しばしばうるっとくる瞬間があるものの、しめっぽさは皆無だ。むしろ、外し方としてはシュールで、あるエピソードでは実にしゃれた、ばかばかしくも本格的な白黒のミュージカルシーンが登場する。ここではブロードウェイのスター、ジェファーソン・メイズがパフォーマンスを披露しているのだが、仮に誰だかわからなくても流れからいってすごくおかしい。ティナの遊び心、エンタメへの愛もさることながら、それを大人が楽しめるコメディーとして昇華できる手腕には、ため息しか出ない。ある意味、ティナのやりたい放題とも言えるが、それこそが動画配信サービスのオリジナル番組の良さである。ティナ節、ノリが合わなければ、別の番組をみればいいだけのこと。
単純に楽しむもよし、自分のアメリカのエンタメ通度を試してみるもよし。だが、これだけは言える。なんだか気落ちする日があったら、キミーのあきれるほどの豊かな顔芸に、タイタスが歌声を披露するミュージカル『スパイダーメン2 多すぎるスパイダーメン』(エピソード4)や自作自演の『ピーノ・ノワール』(エピソード6)を再生するればいい。そして笑顔で『ブレックファスト・クラブ』のエンディングポーズを決めれば、きっと元気が湧いてくるはずだ。
■今祥枝
映画・海外ドラマライター。「BAILA」「日経エンタテインメント!」「エクラ」「オレンジページ」「ブリリアントシネマクラブ」「シネマトゥデイ」など雑誌・ウェブで連載。ほかプレス作成、劇場用パンフレットにも寄稿。時々ラジオ、映像のお仕事。著書に「海外ドラマ10年史」(日経BP社)。Twitter
■作品情報
『アンブレイカブル・キミー・シュミット』
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