トム・ハーディ主演『ウォーリアー』が、スポーツ映画の金字塔である理由

名作『ウォーリアー』の多様な楽しみ方

 1つ目は、登場人物たち自身が、自分の気持ちが整理できていないことだ。怒っているのか? 悲しんでいるのか? 過去とどう向き合うべきか? 彼らは悩み続ける。そして言葉にできない想いを抱えたまま、リングへと上がっていくのだ。本作はそんな複雑な感情が入り乱れるドラマを、真正面から丁寧に紡いでいく。自分の気持ちが分からなくなった経験がある人ならば、必ず彼らを身近に感じることができるはずだ。総合格闘技という特殊な世界をモチーフにしながら、描かれているのは誰もが抱える普遍的な苦悩だ。

 2つ目は、そのように複雑な感情を描いておきながら、説明描写及び説明シーンが極めて少ないことだ。登場人物は皆、重い過去を背負っている。その過去を描く回想シーンがあってもいいものだが、本作にはそういったシーンは皆無であり、常に一定の距離を置いた視点が貫かれる。極端に説明を排したストイックな語り口で描くことで、押し付けがましさをなくし、さらに肉体的な痛みを伴う格闘技をモチーフとすることで、彼らの切実さに説得力を持たせることにも成功している。

 言葉にならない感情を抱えた者たちのドラマ。当然、人によって解釈が異なることもあるだろう。10人いれば10人通りの『ウォーリアー』がある。兄が主人公だと思う人もいれば、弟こそ、いや父親こそ主人公だと思う人もいるだろうし、全キャラクターを俯瞰して楽しむこともできる。兄弟の物語でもあり、アメリカンドリームの物語でもある。格闘映画であり、人間ドラマでもある。物語を楽しむ切り口は無数にあり、いわば、観客は自分だけの「俺の『ウォーリアー』」を楽しむことができるのだ。この切り口の豊かさこそ、本作が熱狂的に支持される最大の理由であろう。

 しかも、本作はどの切り口から入っても、その見立てが否定されることはない。この映画は「こうあるべき」という説教型の作品ではないからだ。「こういうことがあった」という物語を提示するだけであり、そこにある唯一の主張は「人は対話をすることができる」という当たり前のことだ。それを前述のように徹底的にストイックな語り口で描いたバランス感覚は見事と言うほかない。

 圧倒的な完成度でもって、人生に迷ったことのある多くの人を勇気づけてくれる映画であり、同時に多様な切り口を持つ「語りたくなる映画」でもある。鑑賞後には、きっと誰かと「俺の『ウォーリアー』」を語り合うことになるだろう。間違いなく今年最高の映画の1本である。必見だ。

■加藤ヨシキ
ライター。1986年生まれ。暴力的な映画が主な守備範囲です。
『別冊映画秘宝 90年代狂い咲きVシネマ地獄』に記事を数本書いています。

■作品情報
『ウォーリアー』
DVD&Blu-ray発売中
Blu-ray:¥4,800(税抜)
DVD:¥3,800(税抜)
発売元・販売元:ギャガ
監督・脚本・原案・製作:ギャヴィン・オコナー
脚本:アンソニー・タムバキス
脚本・原案:クリフ・ドーフマン
撮影監督:マサノブ・タカヤナギ
編集:ジョン・ギルロイ
音楽:マーク・アイシャム
(C)2011 Lions Gate Films Inc. All Rights Reserved.
公式サイト:http://dvd.gaga.ne.jp/warrior/

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