2年前に死んだはずの女性が孤独死? 『百年の時効』伏尾美紀の最新作『誰何(すいか)』を読む

三冠達成の著者による注目の最新警察小説

 『百年の時効』(2025年)で大藪春彦賞、吉川英治文学新人賞、日本推理作家協会賞を受賞し、三冠を達成した伏尾美紀が、新作を発表した。元刑事と現役刑事の2つの捜査が交錯する『誰何(すいか)』(光文社)である。

 東京都内のアパートの部屋で松川美和という女性の遺体が発見される。いわゆる孤独死であり、脳溢血とみられ、事件性はなかった。だが、彼女の死を親族に伝えると、松川美和は2年前にすでに死去したといわれる。

 一方、新内由紀(しんうちよしのり)は北海道警察を辞めた後、児童相談所の児童虐待対応支援委員に採用された。だが、慣れない仕事を始めたある日、警視庁捜査一課の刑事だという宝生尊からある事実を告げられる。死んだ松川美和の部屋に、生活安全課にいた時の新内の名刺が残されていたというのだ。

 北海道警察刑事部捜査第一課の砂本修二は、石狩で発生した交通事故の捜査にかかわる。その被害者宅で彼は、かつての先輩である新内の名刺を見つける。

 2人の松川美和とは、何者なのか。すでに退職した新内の警察在籍時の名刺が、いずれもわけありの場所から出てきたのは、どういうわけなのか。そのような気になる謎が立て続けに出てきて、読者の興味を引く。

 また、この小説の前半で面白いのは、新内由紀、砂本修二という物語の中心となる人物2名が、どちらも「従」の立場を余儀なくされることだ。支援員となった新内は、児童相談所の職員に同行して、子どもがいる問題家庭におもむく。彼は、訪問先で違和感を見つけ、親に話す口調も詰問調になる。だが、児童相談所の仕事は、親に信頼してもらい、相談しやすい雰囲気を作ることなのだ。新内は、元警察官として疑うのが習い性になっていることを、児相の職員から咎められる。

 砂本の方は、交通事故の捜査にかかわっている。殺人や強盗などの凶悪犯罪をあつかう捜査一課の彼がなぜ交通捜査課と合同捜査しているかといえば、ひき逃げ事故があった現場とは違う場所で被害者の遺体が発見されたからだ。このため、死体遺棄事件として捜査一課も加わっているとはいえ、事件の中心はひき逃げであり、交通課が捜査の主導権を握っている。どうして人目につきやすい場所に死体を放置したのかなど、砂本が疑問を抱いても、捜査の前面に立つことはできない。新内も砂本も、たとえなにかに気づいたとしても、自分が主体的に動けない状況に置かれるのだ。

 その過程で彼らのバックグラウンドが、少しずつみえてくる。警察時代の新内は、生活安全課に異動する前、捜査一課にいたという。また、結婚15年で現在45歳の新内由紀は、3歳下の妻・三春(みはる)と暮らしており、独身時代のまま互いを「由(よし)くん」、「春ちゃん」と呼んでいる。子どもが生まれず、「パパ」、「ママ」、「お父さん」、「お母さん」などと呼び方が変わるきっかけがなかったからだ。そんな新内は、児童相談所の仕事をするなかで、子どもに関して感情的になる場面がある。砂本に関しては、10歳の時に母が家族を捨て父以外の男のところへ去っている。このため彼は、母性というものに信を置けないと思っている。刑事として先輩後輩関係にある彼らは、それぞれ親子関係というものにわだかまりがあるキャラクターなのだ。

過去の捜査が導く「己は何者か」という問い

伏尾美紀『誰何(すいか)』(光文社)

 『誰何』は中盤以降、前半とは様相の異なる話へ移っていく。砂本は「従」の状態から脱し、新内とも会いながら自らが主体的に捜査するようになる。それに対し、新内は宝生にまとわりつかれ、もう刑事ではないのに松川美和に関する捜査への協力を半ば強要され、彼と一緒に行動せざるをえなくなる。

 この宝生の描写が、秀逸だ。新内が初めて宝生と会い、公園のベンチで隣りあわせになった際、ついさっき見たはずの相手の顔が記憶に残っていないことに気づく。警察時代は人の顔を覚えることが得意だったはずなのに、思い出せないのだ。宝生が警察手帳を示し、警視庁捜査一課の刑事だと身分を明かした後も、本人が去ってから新内は、彼の人相を思い出せなくなってしまう。そうさせるなにかが、宝生にはあるのだ。やがて2人は行動をともにするようになるが、宝生のつかみどころのなさは変わらない。彼自身が、自分のつかみどころのなさを楽しんでいるようでもあり、どこか不気味な印象を与える。

 著者の前作『百年の時効』は、昭和の未解決事件に関し、平成、令和にまたがって捜査を受け継ぐ警察小説の大作だった。それに対し『誰何』は、砂本が交通事故関係者のそれまでの行動を掘り起こし、新内が松川美和の生前の軌跡をたどり直す。『百年の時効』ほど長いスパンではないが、やはり過去からの経緯が問題となる。

 『誰何』とは、まず松川美和とは誰なのかということだが、捜査は、真相を追う2人それぞれに自身の半生をふり返ることもうながすように働く。新内とは何者か、砂本とは何者かを問うことにつながるのだ。ゆえに人物配置として、自分が何者でもないようにふるまい、つかみどころのない宝生の存在が、彼らとの対比として効果をあげている。

 また、新内由紀と三春は、「由くん」、「春ちゃん」と呼びあい、友だちのように接してきた。だが、これまであえて妻に対し踏みこまない部分があった由紀が、三春の本心を知る、彼女が何者かを知る物語でもある。家族の結びつきの様々な形を描いた作品だ。

■書誌情報
『誰何(すいか)』
著者:伏尾美紀
価格:2,090円
発売日:2026年8月19日
出版社:光文社

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