スティーヴン・キングの出発点『ロングウォーク』の恐ろしさとは? 「ベトナム戦争のメタファー」を超えた凄み

 6月26日公開の映画『ロングウォーク』は、アメリカの作家でホラーの巨匠、スティーヴン・キングの同名作品を原作としている。今ではキングの小説として日本でも翻訳されているが、『ロングウォーク The Long Walk』は最初、リチャード・バックマン名義で1979年に発表された作品だった。キングは1974年に『キャリー』でデビューしているが、この小説はそれ以前の1966~1967年の大学生時代に書かれていた。キングが初めて最後まで完成させることのできた小説だという。

 舞台は近未来のアメリカで、設定はシンプルだ。14~16歳の男子が100人選抜され「ロングウォーク」という競技が行われる。彼らは時速4マイル(時速6.4キロ)以上のペースで歩き続けることを求められる。規定速度を下回ると警告を受け、それが3回重なってスピードを回復できなければ、近くにいる兵士に射殺されるのだ。だが、ペースを維持して1時間歩き続ければ、警告1回分は取り消される。ゴールまでの距離は決まっていない。最後の1人になるまで、とにかく歩かなければならないのだ。優勝者には、ほしいものが与えられる。『ロングウォーク』は、ウォーカーと称される競技参加者の視点から、このデスゲームの出発から終了までを描く。

 小説中には、少佐と呼ばれる権力者が登場し、演説を行ったりする。100人のウォーカーは、ハーフトラックに乗った兵士たちに歩行速度を計測され、逃げ出そうとすれば銃で制圧される。ロングウォークへの参加は、強制ではない。肉体的理由や精神的理由で選にもれることがあるようだし、選抜された者には確認の手紙が届き、参加を取り消すことも可能らしい。だが、ロングウォーク参加を周囲が祝い、本人が誇らしく思うような空気が社会には存在し、取り消すことなどできないのだ。社会が彼らを巧妙に追いこんでいるというのに、自己責任とされるディストピアなのである。歩き始めてから自分は間違っていたと気づくウォーカーもいるが、その時にはもう遅い。歩くのをやめれば、死ぬしかない。

 作中では、ロングウォークの沿道に群衆が集まり、彼らを応援したり、からかったり、なかには未成熟な少年たちを性的に挑発する女性もいる。テレビ中継もされるこの競技は、誰が生き残るかが賭けの対象になっており、だからいっそう盛り上がる。99%のウォーカーは死ぬことになるが、多くの人は無責任に見物するだけだ。子どもがウォーカーになって沿道で泣き叫ぶ親がいても、笑いものになる。

 アメリカでは『ロングウォーク』に関して、ベトナム戦争のメタファーだとする評があった。キングが同作を執筆したのは、ベトナム戦争が泥沼化する時期だった。また、周囲の興奮、報道による情報拡散、参加前の高揚感と実際の参加後に知る現場の悲惨さ、決して逃げられないシステムといった要素は、ベトナム戦争に限らず戦争状況の、また国家による強権支配のメタファーと読めるだろう。小説中には、絶対的権力を持つ少佐や、無慈悲に銃を向ける兵士に歯向かおうとするウォーカーもいる。

 ただ、『ロングウォーク』では、そのような彼らの対社会的な意識よりも、競技に参加した少年たちの互いのやりとりを描くことに重点を置いている。遠い場所で恋人と母が待っていると思う主人公をはじめ、虚勢を張っていたがやがて意気消沈してしまう者、妊娠中の妻がいる者、他人に悪態をついてばかりでみんなから嫌われる者、ノートを持ちロングウォークが終わったら本を書こうと思っている者、最後尾で孤独に過ごす者など、様々なキャラクターが登場する。彼らは、誰が生き残れるかを競争しているのだから、敵同士だ。ほかの人間が死ねば、それだけ自分が生き残れる可能性は高まる。

 しかし、彼らはこの苛酷な体験を共有している。ウォーカーは、なにがあっても規定速度以上で歩き続けなければならない。昼も夜も眠らず前へ進むのだ。悪天候による順延などない。どしゃ降りになっても強い日射しになっても中止はないから、風邪をひき高熱になる、足が痙攣する、鼻血が止まらないなど体調を崩す者が散発する。だが、医者の救護などない。容赦なく競技は続行される。水や食糧は与えられるが、そもそもトイレ休憩がない。彼らは、後ろ向きで歩きながら放尿したり、素早くしゃがんでことをすませるなどして、警告を逃れようとする。沿道に大勢が見ていても、そうせざるをえない。競技中のウォーカーと見物人は、べつの世界にいるのだ。

 そのためか、ウォーカー同士にはある種の連帯感や、友情のようなものが生まれる。自分たちが歩く距離が過去の記録を上回りそうだと、スポーツ選手のように嬉し気に話したりする。警告を受けそうな者に注意をうながし、食糧を分け与えるなど、1人しか生き残れない競技で自分が損をする利敵行為をすることもしばしばだ。一方で誰かが警告を受けやすくなるように図るズルいやつもいる。競技の性格からしてしかたないことだろうが、そういうやつは嫌われるのだ。連帯することで得られる安心感と、自身の生き残りのために奮い起こす競争心が、ウォーカーのなかでせめぎあっている。そこが、この小説の読みどころだろう。

 例えば、校内のマラソン大会で友だち同士で「一緒にゴールしようね」と約束したはずなのに、最後に1人が抜け駆けする。「一緒に」といった時は本当にそう思ったけど、ゴール寸前で相手に勝ちたい気持ちが上回った。よくあることだ。『ロングウォーク』は、その種の心の揺れを極限状況のなかで描く。

 『ロングウォーク』が戦争のメタファーとして読めることは、先に触れた。だが、それまで会ったことがなかった人々が、ある条件下で集められ、連帯もできるが競わされてもいるという状況は、スポーツやゲームばかりでなく教室、会社、国家など、多くの人間の集団・組織にあてはまる。また、人間の一生を長い道を歩くことに喩えるのは、ありふれている。歩き続けることを要求され、やめることが許されない『ロングウォーク』が強烈な印象を残すのは、そうした人間の生き方の根本をえぐった部分があるからだろう。ホラーの巨匠は、小説創作の出発点で恐ろしい物語を書いていた。

■書誌情報
『ロングウォーク』
著者:スティーヴン・キング(リチャード・バックマン名義)
翻訳:沼尻素子
価格:1,650円
発売日:2026年5月15日
出版社:扶桑社

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