若林踏 × 朝宮運河が語る、ミステリとホラーの関係史「互いの領域を侵食しながら拡大してきた」
2000年以降を対象とした若林踏『日本ミステリ新世紀MAP』。戦後から令和までを追った朝宮運河『日本ホラー小説史』。2つのジャンルの歩みをふり返った著作が、今年はじめに相次いで刊行された。近年は、ミステリとホラーを融合した小説も多く書かれている。著者の2人に両ジャンルの歴史と現在について語ってもらった。(2月3日取材・構成/円堂都司昭)
同じことを両側から別の角度で書いている
若林:『日本ホラー小説史』は、江戸川乱歩の時代から現在のモキュメンタリー(フィクションをドキュメンタリーのように演出した手法)に至るまでの歴史をコンパクトにまとめている。令和のホラーブームから入った読者のよい入口になると思いました。
若林:ミステリを大衆小説の一部として評価しないと、こぼれ落ちるものが出る。例えば、お仕事ミステリと呼ばれるものが、2010年代にブームになりました。ミステリのガイドブックでは、『ビブリア古書堂の事件手帖』(三上延、2011年)、『珈琲店タレーランの事件簿』(岡崎琢磨、2012年)から語り始めることが多い。でも、同時期には『舟を編む』(三浦しをん、2011年)や『空飛ぶ広報室』(有川ひろ、2012年)など、ミステリ以外の仕事小説が書かれていました。そういうことを伝えるのが重要で、ミステリ読者の視野が広がる形にしたかったし、逆にそこからミステリに入ることが可能になるだろうという考えです。朝宮さんの本も、そうなっているでしょう。
朝宮:僕は、マニアのサークルに属したことのない野良のホラー好きです。今回の本も、地方出身の一般読者としてホラーを楽しんできた立場から書いているわけです。それは僕がライター活動をする時の基本的なスタンスですね。年季の入ったマニアに向けて書いていると同時に、そうでない読者層のことも常に意識しています。その点、『ミステリ新世紀MAP』はミステリだけに自閉するのではなく、エンタテインメント全般のなかでのとらえ方を書いているから、風通しがいい。
若林:僕がミス研に入った2000年代後半は、ミステリだけを読んでいる人はあまりいませんでした。6、7割はライトノベルとアニメ、あと麻雀マンガやゲームの話をしていた。最初は、なぜミステリの話をしないの? と不満でした。でも、円居挽さんは京都大学推理小説研究会出身ですけど、『丸太町ルヴォワール』(2009年)でデビューした際、『逆転裁判』(2001年)のようなゲームやギャンブルマンガから影響を受けたスピード感のあるロジックの繰り出し方をしていた。僕がミス研で接したようなものが、実はミステリにつながっていたんです。ミステリが好きでミス研に入ったけど、本当はもっとごった煮なのではないかと感じたことが、本に反映されています。
朝宮:ごった煮になっていく過程、ミステリの多様化を肯定的にとらえていますね。
朝宮:今書いておかないとわからなくなる、情報整理をしないといけないという焦りがありました。自分は、1990年代のホラーブームと令和のホラーブームを見ている。両方を知る人間が書くべきだと思いました。だから、昨年から『現代ホラー小説を知るための100冊』、『怖い話名著88 乱歩、キングからモキュメンタリーまで』、『日本ホラー小説史』の3冊を連続で出すという無茶をしたんですけど(笑)。ブームのうちにホラージャンルのインフラ整備をしておきたいという思いがあったんですよ。
――2人の本それぞれで、ミステリとホラーの関係の深まりが書かれています。
朝宮:同じことを両側から別の角度で書いていると思いました。
若林:『日本ミステリ新世紀MAP』でモキュメンタリーホラーに触れましたが、ホラーにミステリ要素が入ると「ホラーミステリ」といわれる。僕は、書評などでその言葉は使いません。「ミステリ」が指すものが膨大すぎるし、「ホラーミステリ」とつけるとそれだけでわかった気になってしまう。それに対し、『日本ホラー小説史』では、『近畿地方のある場所について』(背筋、2023年)のどこがミステリかをきちんと解説している。テキスト自体を読者が追い、手がかりを拾う謎解き要素がある。
朝宮:僕は2010年代以降のホラーを「現代ホラーの新しい波」などと呼んでいるんですけど、そこにはほぼ必ずミステリ的なロジックや謎解きの要素が入ってくる。ふり返ると、横溝正史賞の最終選考に残ったけど受賞しなかった『リング』(鈴木光司、1991年)は、ミステリとホラーの関係で象徴的な作品です。作者の鈴木さんはホラーのつもりはなくミステリとして書いて、本も単行本の時点ではホラーと銘打っていなかった。帯には「新しいCult Novel」とあって、出版社が名づけ方に困った感じでした。それが角川ホラー文庫創刊に伴ってホラーとして受容され、今やホラーの代表作になった。だから、1990年代以降に発展したホラーは、もともとミステリと近いところにあったんです。
若林:僕の本は2000年以降が対象ですけど、前段でミステリの商業的ブームが1990年代にあったことを書きました。書き手は増えるし、これがミステリ? みたいな部分もあった。1990年代後半にはミステリが、幅広いエンタテインメントを総括する名称になった。そのなかで『日本ホラー小説史』でもとりあげられた『屍鬼』(小野不由美、1998年)がホラーとして評価され、『このミステリーがすごい!』1999年版でも4位に入った。翌年の『バトルロワイアル』(高見広春)も、日本ホラー小説大賞の最終候補に残った作品でありつつ『このミス』4位。ホラーとミステリが、互いの領域を侵食しながら拡大してきた歴史なんです。僕になかった視点は、『日本ホラー小説史』の怪談ブームに触れた部分です。モキュメンタリーホラーとか、三津田信三さんのようなメタフィクション構造を持つミステリがなぜ流行ったかという視点が、僕には抜けていました。
朝宮:僕は、怪談ブームの渦中でライター活動を開始したので、当事者のようなところがありました。1990年代型の娯楽性の高いモダンホラーから、2000年代以降にはより実話的な怪談へと移行する流れがあったと思います。それが、モキュメンタリー隆盛の下地になった。
若林:現実と虚構のあわいで恐怖を醸し出す点、実話として表現される部分、日常のなかに迫ってくる部分が重要視されている。モダンホラー的な、いかにもフィクショナルなスペクタクルが起こるのとは違う怪談が求められている。『日本ホラー小説史』では『新・耳・袋』(木原浩勝・中山一朗による怪談集、1990年)が復刊された1998年が分岐点とされていますが、ミステリの歴史でいうとその年は、横山秀夫さんがデビューしています。警察小説と怪談ではつながらないと最初は思いました。でも、僕は横山作品に関して、警察小説のなかに閉じた日常への関心が出てきたと書いたんです。1997年刊の『レディ・ジョーカー』(高村薫)が、1998年版『このミス』第1位でした。警察小説の名作といわれますけど、実は警察小説では書ききれないことが出てきたと限界を示した作品でもある。横山さんあたりから、日常の壊れへの着目が出始め、1999年には『永遠の仔』(天童荒太)が家族問題をあつかって大ブレイクした。そう考えると、日常の壊れ的なものが、2000年代にミステリでもホラーでも起こっていたことになる。
サイコスリラーとはなんだったかを考えるのが、次の課題
朝宮:イヤミスのブームはいつくらいですか。
若林:怪談ブームは2000年代前半ですけど、少し後の2008年に湊かなえさんがデビューしイヤミスが注目される。イヤミスという言葉自体は2007年にできていたんですけど。
朝宮:『幽』創刊は2004年ですけど、連載された『深泥丘奇談』(綾辻行人)は2008年、『赤い月、廃駅の上に』(有栖川有栖)は2009年に本になっている。2作とも海外型のモダンホラーではなく、日常に怪異を探すものでした。京極夏彦さんの『幽談』も2008年。ホラーとミステリ双方で同時期に動きが起きていたのは面白い。僕はイヤミスが仮想敵なんですけど(笑)、日常に目を向けるという意味では怪談とつながっていると、思いました。
若林:朝宮さんは、ホラーの観点からサイコスリラーをどうとらえていますか。ホラーに含めて評価すべきなのか、ミステリの文脈にあるととらえているのか。
朝宮:基本的にミステリだと思います。
若林:だから、イヤミスが仮想敵なんですね(笑)。
朝宮:いやいや、仮想的は冗談ですけど(笑)、「狭義のホラーではないよね」という立場です。もちろん作品自体の評価はまったく別問題で、小説として優れたイヤミスもたくさんありますよ。そのうえで、きちんと分けないといけない。イヤミスブームの頃はそこが曖昧にされていた傾向がありました。
若林: 1990年代のサイコスリラー隆盛は、海外ミステリの影響が強かったですけど、2000年代に退潮し、代わってイヤミスが出てきた。サイコスリラーとはなんだったかを考えるのが、次の課題だと思っています。朝宮さんはホラー的観点からは評価しないでしょうけど(笑)。
朝宮:1990年代には『ミザリー』(スティーヴン・キング)や『黒い家』(貴志祐介)もホラーという感じで、サイコものが大きな流れとしてありましたけど、今は作品自体があまりないし意識されていない。『現代ホラーを知るための100冊』でも、その種の作品はあまり紹介していなくて、『リカ』(五十嵐貴久、2002年)は入れましたけどホラーに引きつけて評価した。ホラーは幻想文学の一部だと、僕は思っているからです。しかしサイコスリラーの流れも、ホラー史を考えるうえで重要なポイントではありますよね。ご指摘を受けて、今そう思いました。
『日本ミステリ新世紀MAP』でもう1ついいたいのは、ジャンルの発展史とあわせて、その時の社会の現実と対応させて論じていたのが面白かったということです。
若林:ほかのジャンルやそれ以外の文学とも横断しながら、社会的な出来事と結びつけて書かなければいけないと常々思っていました。特に経済状態が傾いた時、ミステリがどう描かれたかは、重要だと考えていました。
朝宮:お仕事ミステリが、不安定な雇用状況で安心を求めるように生まれたという指摘など興味深かったです。
若林:『日本ホラー小説史』では、1970年代のオカルトブームが起こった世相とからめて説明しているところが、印象的でした。
朝宮:でも、ホラーってミステリほどビビッドに世相を映さないものなのかも。社会問題そのものよりも、むしろ社会のぼんやりした不安とか、無意識的な領域でなにかみんなが怖がるものが現れる。
若林:日本推理作家協会賞を受賞した杉江松恋さんの『日本の犯罪小説』(2024年)では、犯罪小説とは社会と個人の対立関係をあらわすものだとシンプルに定義していました。ミステリは社会とどこかで接するため、ビビッドな反応が出てくる。
朝宮:コロナ禍によく読まれたホラー小説が『ミスト』(スティーヴン・キング、1980年)でした。コロナ禍で疑心暗鬼になっていわゆる“マスク警察”のようなものが現れ、お隣さんを糾弾するようになった時、原因不明の霧のなかにいる人々の恐怖を描いたこの中編が、読まれた。ホラーって、そんな風に時代を超越する部分があって、予言になったりもする。
若林:ビデオとかケータイとか、社会のツールやガジェットに対する恐怖が演出されることはありますけど、社会状況の話とは異なりますよね。その点が、ホラーとミステリで違う。モキュメンタリーホラーには謎解き要素が入っていますが、体験型ホラーのイベント、ゲームからの小説への影響はどうみていますか。
朝宮:リアルイベントを含めた考察型の作品は、小説に影響している気がします。『意味がわかると怖い話』(藤白圭、2018年)とか、そういう系統が児童書でも多い。自分が主体的に謎を解くことで怖いものが立ち上がる作品が増えている。ミステリの謎解きが、恐怖に決着する書き方なので、ミステリに近づいているんです。
若林:ホラーは、ネット文化からの影響がミステリ以上にありそうですね。
朝宮:あります。1980年代までは海外ホラー映画の影響が、ダイレクトに小説に入ってきました。以降は、映画よりもネット怪談です。そこで浮き上がってくるのが、因習村。その種の村を本当に体験した人はごく少数で、フィクショナルなネットのネタとしてあつかわれていて、小説でも因習村が多く描かれる。僕は「ネット怪談的想像力」と呼んだりしますけど、そういうものが共有されイメージソースの1つになっている。
若林:なんだかよくわからないものが、ネット情報として漂っていて、答えは出ないけど伝播していく。それがモキュメンタリーホラーにもつながる。
ジャンルの歴史が更新されていくのを目撃した
若林:『日本ミステリ新世紀MAP』では、作家をデビュー順に論じていますけど、この人はこの年のデビューだったのかと、驚きの反応があります。三津田さんは2001年デビューで、こんなに早かったかという印象もありますが、まさに怪談ブームの頃です。
朝宮:三津田さんはネット怪談に近しくはないですけど、虚実のあわいに怖さが生まれる感覚を、たくさんのホラーや怪談に触れて会得しているんでしょう。三津田さんの作品は、ネット怪談の情報が漂っている怪しさと見事にシンクロしているから、逆に今っぽい。芦花公園さんをはじめ、若手ホラー作家への三津田さんの影響は大きいです。ミステリでもホラーでも大きな足跡を残した巨人です。
若林:三津田さんは多重解決の形式をホラーに持ちこんだ作家でもある。推理で真実が塗り替えられた後、物語がミステリとして終わるか、ホラーとして終わるか、わからない形式を発明した。多重解決はポスト・トゥルース的なミステリのあり方だと指摘する声が特に2010年代から目立っていました。三津田さんは、2000年代前半から多重解決の形でなにが真実かわからない世界を書いていた。
――ミステリとホラーの接点にいる作家で、ほかに語るべきなのは誰ですか。
朝宮:澤村伊智さんでしょう。澤村さんと三津田さんの共通点は、ミステリマニアでホラーマニアでもあること。どちらかに軸足を置きすぎないような書き方をしていて、時にそのジャンルのファンがヒヤッとするようなことを書いている。非常にジャンルのあり方に自覚的で、批評的なスタンスの作家です。ミステリでも評価されていますけど、やはりホラーでは澤村さんの存在が大きい。澤村さん以前以後で歴史が分れるくらいだと思います。ジャンルの歴史に精通し、手法を自家薬籠のものとして使いこなしながら、ホラーを1冊も読んだことがない人が読んでも面白いものを書かれる。しかも、平均点が高い。頼もしい存在です。
若林:澤村さんのデビューが、2015年でホラーブームの土台のようになった。それについて朝宮さんは、1980年代後半に綾辻さんや有栖川さんが登場した新本格ミステリムーブメントと重ねてみているところがありませんか。
朝宮:ありますね。当時の動きは刺激的でしたし、リアルタイムでも新本格に関する言説がたくさんあって、いいなと思って読んでいました。ジャンルの歴史が更新されていくのを目撃したというか。僕がこの仕事をしているのも、その情景に近づきたいからで、あの頃のような見通しのいい形になればいいなと意識してやっています。べつに無理に歴史を作ろうとしているのではないですけど。
若林:『新世代ミステリ作家探訪』で触れましたけど『ニューウェイヴ・ミステリ読本』(千街晶之・福井健太編、山口雅也監修、1997年)というガイドブックがあって……。
朝宮:話題が出ると思って持ってきました(笑)。『ニューウェイヴ・ミステリ読本』は僕も愛読した一冊。インタビューがあって作品概要があるあの本の構成は、憧れますよね。
若林:1997年刊行だから、綾辻さんのデビューから10年、つまり新本格10周年だった。その本の最初の帯には「新世代ミステリ作家」とあって、意識しなかったけど「探訪」をつければ僕のインタビュー集『新世代ミステリ作家探訪』になる(笑)。『日本ミステリ新世紀MAP』はその本を意識していて、整理してマップを作る仕事は大事だと思っています。ジャンルの地面を整備することで、新しい読者が入ってきた時に歩きやすいとなってくれたらいい。その点、『日本ホラー小説史』は、紀田順一郎さん、荒俣宏さん、さかのぼれば江戸川乱歩などがインフラを整備した功績があると、若い読者に伝えている。ホラー小説史であると同時にホラー評論家史の側面もあるのが重要だと思います。
朝宮:先人がいなければ今の隆盛はないですから。ミステリが焚火だとすると、ホラーは消えかけのロウソクみたいなものです。焚火の横にロウソクがあって、大きくなったり小さくなったりするけど、風が吹いて時々消えそうになる。そこを守ってきた人々がいる。そこを若林さんに汲み取っていただけたのは嬉しいです。
若林:ミステリもホラーも若手の評論家がいないのが課題だし、そのためにも本を出して、ジャンルに興味を持ってくれた誰かに整理する仕事のバトンを渡していきたいです。
朝宮:僕は「こんなのはホラーじゃない」という言葉は極力口にしたくないんですよ。もちろん「ホラーとは恐怖と怪異の文学である」という大前提ありきなんですが、そこから外れない限りは新しい時代のホラー小説になんとか食いついて、この先を見届けたいと思っています。
■書誌情報
『日本ミステリ新世紀MAP 現代ミステリ25年の歩みと31人の作家たち』
著者:若林踏
価格:2530円
発売日:2026年1月19日
出版社:実業之日本社
『日本ホラー小説史: 怪談、オカルト、モキュメンタリー』
著者:朝宮運河
価格:1100円
発売日:2026年1月19日
出版社:平凡社