室井滋が「無類の猫好き」となった理由とは? 「もう可愛いとか可愛くないとかいう問題ではない」
唯一無二の存在感を放つ女優でエッセイストの室井滋。彼女の傍らには、常に個性豊かな猫たちの姿があった。昨年12月に発売された『やっぱり猫 それでも猫』(中央公論新社)は、20年以上にわたって共に暮らした、6匹の猫たちとの日々を綴った書き下ろし新作エッセイだ。
実は子どものころは「猫が怖かった」という室井。そんな室井を変えた運命の猫・チビとの出会いから、糖尿病を患ったロングの介護など、愛猫とのエピソードはもちろん、友人や近所の猫まで登場。猫を見つめた1冊を上梓した今の思いを聞いた。
「分身」としての猫への想いを込めた1冊
ーー室井さんは20年以上にわたって、6匹の愛猫たちと歩まれてきました。本書は書き下ろしです。
室井滋(以下、室井):そうなんです。これまでもいろんな媒体で連載は持っていましたが、今回は書き下ろし。もともと自分の家の猫だけでなく、違う動物のことや、よその野良ちゃん、友達の猫の話なども書きたいと思っていました。6匹いた猫を順に見送って最後の1匹だったタマちゃんが生きていた時から書き始めて、彼女が寝ている横で原稿を書いていたんですけど、そのうちに旅立ってしまって。そこから本格的に書き進める中で、「猫のいない生活」という、長い年月の中で初めて訪れた、今までとは全く違う環境に身を置くことになりました。「どう続けたら」と思うこともありましたが、時間をかけてじっくり書いていきました。
ーー1冊の本として完成した今、改めてどのようなお気持ちですか?
室井:エッセイは長年書いてきましたが、猫のことに関しては、果たして普遍性があるのかどうか、最初は少し考えました。猫との関係って、親兄弟のような肉親との別れとはまた違う、より個人的なものじゃないですか。「猫ってあなたにとって何ですか」と言われた時に、別に自分が産んだわけではないんですけども、人に理解されなくてもいい、自分にとってはもう「分身」のような存在だったと思うんです。
ーー分身。
室井:はい。もう可愛いとか可愛くないとかいう問題ではないんですよね。だから、その濃密な関係を書いて、人に理解してもらえるのかなという不安が、ちょっとありました。改めて実感したこととしては、一緒に年月を積み重ねていくと、やっぱり自分にしか理解できないかけがえのないもの、向こうにしか理解できない私になっていくんだなと思いました。
仕事一辺倒だった自分を変えた、運命の猫・チビとの出会い
ーー室井さんと猫の歴史は、1999年に出会った子猫の「チビちゃん」から始まりました。ただ、もともとは猫が苦手だったと伺って驚きました。チビちゃんも最初は人に託そうと3日間だけ預かるつもりだったとか。
室井:あはは! そうなんですよ。子どもの頃は本当に怖くて、泣いている写真には必ず近所の猫が写り込んでいるくらい苦手でした。チビと出会った時も、この仕事は不規則だし、飲みに行くのも大好きだったから、動物を飼うのは絶対に無理だと思いました。最初は誰か飼ってくださる人に譲るつもりで、撮影所に連れて行ったんです。
ーーそこから、どうしてご自身で飼うことに?
室井:その日、撮影所のちょっと評判がよろしくない怖い宿泊用の個室に泊まることになって、一晩一緒に過ごした時に「生き物がいるって、なんて心強いことなんだろう」と感じたんです。一人ぼっちとは全然違う。向こうもじーっと私を見ていて。なんだか、突然火星からやってきた不思議な存在のような気がして、「これは、ちょっと渡せないな」と(笑)。
ーー猫との暮らしによって、役者としての室井さんに影響したことはありますか?
室井:自分では無自覚でしたけど、私がチビを飼うと決めた時に泣いて喜んだ、うちの大の猫好き社長が言ってました。「室井は猫を飼って包容力が増した。お母さん役がぴったりくるようになった」って(笑)。確かに『菊次郎とさき』で北野武さんのお母さん役を演じた時などは、その時の愛情が役に出ていたのかもしれません。社長は周囲に「その辺の母親よりも母親です」なんて言いふらしてました(笑)。
取っ手の向きから何から何まで。猫ファーストの家を設計
ーーチビちゃんに始まり、保護した猫たちが次々と増え、最終的に6匹の大所帯になりました。猫たちのために家の設計までされたというエピソードも素敵です。
室井:家を建てる直前に猫たちがどんどん増えたので、彼らにとっての「パラダイス」にしようと設計段階からこだわりました。庭の作りとか、猫用ドアをあちこちに作ったり、玄関から脱走しないよう工夫したり。トイレも猫の本がずらっと並んだ本棚になっていて、何かあればすぐに病気のことなどを調べられるようにしていました。
ーー生活の中で、それぞれの性格に合わせた工夫をすることもありましたか?
室井:特にチビがすっごく賢くて、丸いドアノブも回して開けちゃうし、押し入れも全部開けちゃうんです。だから取っ手をあえて縦型に変えたりしました。あと、一番必死に取り組んだのは電子レンジの教育です。
ーー電子レンジの教育、ですか?
室井:電磁波が心配で、「チビ、電磁波出てるから、被爆するからね。離れてよ!」と言い聞かせて。「『チン』って私が言ったら走って逃げるんだよ!」と、私が実際に走って見せていたんです。
ーー室井さんが走って?
室井:そう、実際に私が(笑)。そしたら本当に、電子レンジをスタートさせるたびにバーッと逃げていくようになって。あはは! 過保護すぎるかもしれないけど、あれは我ながら見事な教育でした。
糖尿病の愛猫ロングと駆け抜けた5年間の記録
ーーエッセイの中では、長毛のロングちゃんの介護についても詳しく触れられています。5年間も糖尿病の治療を続けられたそうですね。
室井:ロングは元々10キロもある大きな子で食いしん坊。だからこそ、かもしれないけれど、ある時オシッコがベタベタになって、病院で「糖尿病です」と診断されました。そこから5年間、最初は朝1回、そのうち朝晩2回のインスリン注射が欠かせない生活になりました。病院から、血糖値を測って家でも打っていいけれど「注射について責任者を一人に決めてください」と言われて、私が引き受けました。
ーー多忙なお仕事との両立は、並大抵の苦労ではなかったはずです。
室井:地方に行く時は病院に預けたり、仕事の空き時間に一度家に戻って注射を打って、また現場に戻るなんてこともしていました。インスリンを打つのが遅れると、本人が苦しくなるのが見ていてわかるんです。そうなると、自分まで苦しくなってくるんですよね。医療行為まで共有する関係を続けていくうちに、もう「自分の体の一部」のように感じていました。
ーー10キロあった体重が最後は2キロに……。
室井:ちっちゃくなっちゃってね。でも、亡くなる直前まで私の手の中で一生懸命生きてくれました。私は肉親との縁が薄く、早くに別れを経験してきたのですが、受け取った命はなるべく長く、快適にしてあげたいと強く思っていました。野良で楽しかったのに家の中に入れて、ある意味閉じ込めているわけだから、この子たちひとりひとりに「パラダイス」と思えるようにしてあげたいという気持ちは、すごく強かったですね。
疲れていると、愛猫が友達を通じてエールを
ーー6匹全員を看取られた今、「猫」という存在は室井さんの中でどのようなものになっていますか?
室井:今も毎日、仏壇にお供えをして「みんなのこと書いたよ。今日取材なんだよ」などと報告しています。姿は見えなくても、すぐそばで首を傾げながら話を聞いてくれているような気配を感じます。すごく疲れているときに限って、地元の友達から私の父が私の猫を抱いて「頑張れ」と言っているのを見たとかって連絡がきたりするんです。そんな話はしたことがないのに、ほんと不思議なんですけど。夢に出たわけじゃなく、実際に「見た」って。ある友達からは、その友達の「亡くなった猫の声が留守番電話に入っていた」なんて話を聞いたこともありますが、それもあながち嘘じゃない、本当にあることなんじゃないかと思います。
ーー最後に改めて。猫たちと過ごした20年以上の歳月は、室井さんに何を残してくれていますか。
室井:自分が死んだらさ、川の向こうでみんなが待っていてくれているだろうな、って思うんです。それと、人間の方が猫より優れているという風には思わなくなりました。彼らの方が耳も鼻もずっと敏感だし、こちらの気持ちをすべて見透かしている。20年以上、彼らに面倒を見てもらっていたのは私の方だったんだな、と感謝しています。
■書誌情報
『やっぱり猫 それでも猫』
著者:室井滋
価格:1,870円
発売日:2025年12月8日
出版社:中央公論新社